秘中花〜赤花〜-1
始まりは10年前。
黒く昏く鬱屈していた世界に、突如もたされた光。
凛子の真っ直ぐな無邪気さと、その次兄・仁忍のすべてを弾ける明朗さは、俺の奥深い澱みを掻き回してくれた。
死にかけたはずの心が温もる。吹き返す。脈動する。
濁りはまだ、…消えないけれど――…。
「ありがとうございました」
月2回の能稽古を終えた凛子は、対座している亜蓮を盗み見ずにはいられなかった。
あの誕生日の夜から1週間と少し。
長いこと夢見た願いが叶ったはずなのに、今こうして見ているだけでも淋しい。
何事もなかったように振る舞う亜蓮が憎たらしくて…。期待してしまう自分が馬鹿みたい。
(私ばかりが好きなんだから…)
凛子は沈んだ気持ちで、帰ろうと若月家の表玄関に向かった。
すると、
「凛子」
背後から亜蓮の声。
振り向いた凛子に微笑みながら、稽古場から廊下へ出て首を右に傾ける。
「来い」と言う合図に、鼓動が速まる。先に行く背を追い掛ける。
そして2階の部屋に着く早々、凛子は亜蓮に抱き締められた。
「んん…むぅ……」
深く乱暴なキス。だけど、待っていた。
「会いたかった…」
その一言で、凛子の胸はきゅんと報われる。
「私も…」
安心したかのように亜蓮は笑い、キスを再開。その手は、帯紐を皮切りに茜色の着物を解いてゆく。
「…やん」
肌が開かれ、部屋の明るさに今さら戸惑う。羞恥心を隠してくれない。
「狡い…私ばかりは嫌」
紅い襦袢が最後の砦の一方で、隙もなく着込んだままの亜蓮。
「…脱いで」
「ふふ」
上目遣いで拗ねる凛子を面白がりながら、亜蓮は抹茶色の袴の紐を解いた。
しゅっ、しゅしゅるしゅる、がざっ、…っとん…。
足元へ落として、角帯を解く。しゅしゅっ、しゅるん…手際良く鳴る衣擦れの音が段々艶めいてゆく。
それは愛撫のように、じわじわと凛子の首筋を這い上がり、鼓膜をくすぐる。
熱く穏やかに空間は湿気り、膣内がむずむずと噪ぐ。
「…亜蓮!」
たまらなくなった凛子は、臙脂色の着物を脱ぎ落とそうとする亜蓮の手を止めて押し倒した。
「凛子っ!!?」
「ずっと触りたかった…」
胸板から腹へ、そして股間へ手を滑らす。
そう、縛られて何もできなかったあの夜以来…渇望が募った。
亜蓮が好きで好きで、手が疼く。抱き締めたい。後で悔やむより、折角の今を精一杯欲しがりたい。
「…好きにしろよ」
諦めたように笑いながら、亜蓮は肘で半身を起こした。
後ろに撫でつけた濡れ羽みたいな黒髪が乱れ、長い睫毛、白くきめ細かな裸体…。
―――本当に男性なのが勿体ないほど。
「亜蓮、きれい…」
ぽっと顔を赤らめる亜蓮。
そんな無防備な表情すら愛しい。もっと見たくて…掌内で、ぴくんと固く温もる男根をそっと擦る。