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『定例会』
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『定例会』-1

 特に予定の無い休日。そういうものにとても大きなやすらぎと安心を感じるのは、多分私だけじゃないはずだ。実際に、何人かの友達は私のこの意見に、多少の留保や条件をつけてだが、賛同してくれる。反対に、なにがなんでも何か予定がないと落ちつかない、と言うような人も居る。そういう人は、何もしていない時間があるということは、その分人生において何かしら損をしていると思っているのかもしれない。大体、そういう人は、話していてそれなんだと分かる。沈黙を好まずに、とりあえず何かを喋ろうとする。空白をどうにかして埋めようとする。
 まあ、そういうのは一人一人の生き方の問題であって、どちらのほうが素晴らしいなんてことは、私には言えないのだけれど。
 そんなわけで、実にその予定の無い休日である今日、私は自分の部屋で思い切り脱力して床に寝そべって、お気に入りの小説を読み返していた。背中に感じるフローリングの冷たさとかたさ、頭の下には黄色いくまのぬいぐるみ(枕にするのにとても都合のいい形をしている。)
そんな倦怠的やすらぎの中、メールの着信を告げる、あまり好ましいとは言えない響きが、床ごしに直に伝わる。フローリングに置いた携帯電話のバイブレーションの音は、どうも攻撃的で落ちつかない。
本を閉じないまま携帯の画面を開く。どうせくだらないメールだし、ざっと目を通すだけで返信の必要もないだろう。そう思っていたけど、

From:斉藤由香
Subject:定例会のお知らせ

 それだけ見て、私は上体を起こして、栞を挟んで本を閉じた。それからカレンダーを確認。そうか、そういえば最近はご無沙汰だったからな。
 「どれどれ。」
 と、はやる気持ちを抑えるためにわざとそんな声を出してメールを開く。なんだかんだ言って、私はワクワクしている。本当に久しぶりだから。といっても、ふた月ぶりくらいか。

 『来週の土曜、お馴染みの定例会をします。前回からちょっと間が開いちゃったね。私はもっと何度も開きたいんだけどね。まあ私や香澄はともかく、樹が忙しいからね、しかたないか。場所のことだけど、今回は香澄の所でいい?前回は私、その前は樹のところでだったんだからね。ローテーションで言えば今回は香澄の番。まあどうしてもって言うんなら変更も認めるけど。』

 早速私はすばやくキーを操作して電話をかける。
 三回目のコールで相手は出た。
 「もしもし。」
 『もしもし。』
 久しぶりの声だ。やっぱりなんだか安心するな。
 「メール見たよ。」
 『あんたねぇ、メールの返事はメールでするもんよ。』
 「だって、ちょっと忙しくて。」
 『へぇ、香澄が忙しいなんてこと信じられない。』
 「いいじゃない、私だってたまには忙しいの。」
 『お、ひょっとしてついに男が?』
 「ちがうちがう。」
 『まあそうでしょうね。』
 そうすんなり言われるとそれはそれで寂しいような。
 『で、次の定例会は香澄んとこでいいの?』
 「あ、うん。それで、時間は?夕方くらいから?」
 『そうね、多分、四時か五時くらいに樹と一緒に行くから、待ってて。』
 「了解。楽しみだね。」
 『ね、久しぶりだもんね。』
 「それじゃあ来週ね。」
 『来週ね。』
 電話を切ると、部屋はまた、しんと静まり返る。親しみのある静寂。だけど何分か前のそれとは少しだけ種類が違う。むずむずした予感のようなものがそこにある気がする。
 とりあえず部屋の片付けと掃除を今週中にしておかないといけないな。由香ちゃんはそういうところに少し厳しいから。
 由香ちゃんというのは、三歳年上の私の姉で、さらにその四歳年上(私から見れば七歳年上)の兄、樹がいる。私たち三人兄妹は、今はもうそれぞれが独立して暮らしているのだけれど(といっても私だけはまだ学生だし、仕送りも受けているから独立とはいえないけど)、ときどき誰かの家に三人で集まる。その兄妹の集まりは、いつのまにか「定例会」という名前が付いて、みんなそれを(たぶん)楽しみにしている。定例会と言ったもののその周期は全然定期的ではなくて、二週に一回くらいで開かれることもあれば、三ヶ月くらい間が開くこともあった。ようは、気が向いた時にみんなで集まろうという、ただそれだけ。
 「定例会。」
 私はそう、ぼそっと呟いて気だるい読書に戻った。寝返りをうって今度はうつぶせの体勢になる。
 フローリングの床が、おなかの熱で少しずつ温かくなっていくのがよく分かった。


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