興味はゼロ!-4
第四章
『アカデミー』では多くの者が学問を志してやってくる。アーティ・チョークもまたここで学ぶ者の一人だった。
「なあアーティ、俺時々思うんだけどさ。」
食堂での昼食中、ソープ・ワートはチーズサンド片手にアーティに尋ねた。
「この世にお金の計算以上に大切な数学ってあるとおもうか?」
「ハハハ、言えてる。」
のん気に答えると、アーティは好物のカレーライスをほおばった。
「いやアーティ、これはいつもの冗談じゃないんだ。考えてもみろよ、俺たちはもう高等部二年目だ。17歳なんだぜ?もうすぐこのアカデミーを卒業することを考えなきゃならないだろ?」
ソープは残りのベーコンサラダを口の中でシャクシャクさせながら、ため息混じりに話した。
「なあ、お前さんはなんで数学の単位をとるんだ?」
この『お前さん』という、ソープが親しい間柄の友人だけに使う二人称が、アーティは好きだった。
「そうだな、強いて言うなら僕はゼロって数字に興味があるんだ。ほら、どんなに大きな数字でもゼロをかければ答えはゼロになるし、足したり引いたりできるのに相手の数字を変化させることはないし…でもゼロで割るってことは数学ではやってはならない事ってどういう意味なんだろうって思ったりしてね。そうしたら数学のことをもっと知りたくなってさ。」
「ふうん、ゼロねえ…」
時計をチラッと見ると、二人は食器を片付け始めた。中背だが肉付きのいいソープは、小柄で痩せ形のアーティと立ち上がって並ぶと、実際よりも大きく見えた。
第五章
二人が講義室に戻ると、初老の講師がすでに午後の日程である世界論の講義を始めていた。悪気はないのだが、この講師はいつも早めに講義を始めてしまうのだ。
「え〜、この世界は、物質でできている現実の部分と生物の精神でできているという精神の部分が存在します。昔、まだ人間が存在していなかったころ、世界は精神だけでできていました。え〜、その精神のなかからいくつかが組み合わさり、人間が誕生したのです。そして人間は独自の文化を築き、知能を身につけ、更には未熟ではありますが、精神をコントロールする術を身につけていったのです。その間、多くの精神が組み合わされ、無数の生物が産み出されていきました。え〜、他の生物も精神をコントロールすることはできます。しかし人間ほど自在に精神をコントロールできる生物はいないといわれています。え〜、それゆえわれわれ人間は、責任を持って自らの精神を管理し、残りわずかとなった精神の世界を正しい方向へと導かなければならないのです。」
講師の熱弁が途切れると、ソープはそっとアーティに耳打ちした。
「俺さ、この学問ならのめりこめそうなんだ。」
少しだけソープの方を向くとフフッと笑って、アーティは板書を写し続けた。
帰り道もソープのおしゃべりはとまらなかった。
「俺さ、世界学を自分でもけっこう学んでみたんだけどさ、かなり俺向きな感じするんだ。」
「ああ、ソープ、君みたいにユニークな発想ができる人には面白いだろうね。」
もともと話し好きなソープだが、アーティの言葉に気をよくしたのか、普段より更に饒舌になった。
「あのさ、今精神の世界に知識を食う竜がいるって知ってるか?」
「いや、初めて聞くよ。」
「まあ聞けよ。昔さ、失恋したショックでもう何もかもが信じられなくなった男がいてな、その男はそんな自分が許せなくなって、自分への怒りから現実の世界での人間の体を捨てて精神の世界で竜になったんだ。」
「ふうん、ねえソープ、知識を食われるとどうなるの?」
「う〜ん、それはわからないんだ。記憶がなくなったりするんじゃないかな。」
自分に対して楽しそうに話すソープが、アーティは好きだった。竜の話はその後も続いた。彼らしいユニークな発想と巧みな話術のおかげで、それはアーティにとっても実に面白く、興味深いものとなった。