恋の裏技-1
絵に描いたような優等生の向坂が、授業中、机に落書きをしている姿はとても意外で、僕は目の端でその右手を観察していた。
昨日の席替えで僕は彼女と初めて隣の席になった。住んでいる世界があまりにも違う彼女とは、言葉を交わしたことさえない。
さりげなく視線を上げると、その行為とは不似合いな凛とした横顔があって、なんだか面白かった。
僕が笑いに堪えていると、彼女の眉尻が少し下がった。不思議に思って彼女の見つめる先を見ると、謎の図形が描かれていた。
丸に近いが、尖んがっている所がある。そこと対極部分には、ピーナッツのような形のものが二つくっついていた。
なんだ…?
僕があれこれ思案していると、彼女は、渋々といった表情をして、その図形の横に「モモ」と付け足した。
「え!?」
僕が思わず声を発したのと同時に、授業の終わりを告げるベルが鳴った。
礼をしながら恐る恐る隣を見ると、彼女の変わらない横顔があった。声はベルに掻き消されて聞かれずに済んだようだ。ほっとして席に着く。
次は昼休みだ。彼女は鞄から青い弁当箱を取り出した。僕も準備に取り掛かる。
それにしても、桃には見えないよな…
「絵、苦手なの」
不意に、そんな声が聞こえた。半信半疑で横を向くと、彼女とバッチリ目があった。
「あ…いや、その…」
「いいよ、自覚してるから」
彼女は無表情で、その本心はわからない。
僕は戸惑ったが、彼女に話しかける滅多にないチャンスに心を弾ませた。
「これは…」
ピーナッツを指差してそう言うと、「葉っぱ」と一言返ってきた。
必死に笑いを噛み殺す。
「向坂って、もっと真面目に授業受けてるんだと思ってた」
「人から教わるのが嫌いなの。勉強は家でやる」
「ふーん…なぁ、何で桃なの?」
「好きだから」
彼女は弁当箱とは別の小さめの入れ物を開け、僕に差し出した。中には季節外れの桃が詰まっていた。
「つまらない授業に堪える裏技」
「裏技?」
「机に、好きなものの絵を書くの。好きなもののこと考えてる時って、楽しいでしょ?」
「いつも桃の絵?」
「ううん、昨日は餃子」
僕はいびつな半丸の「餃子」を想像し、吹き出してしまった。
「向坂ってイメージと違うのな」
「どんな風に?」
「なんつーか、思ったより普通…ってゆうかウケる」
「それは良いこと?」
しかめっ面で僕を見る彼女が可愛くて、再び笑いが零れた。
「良いこと」
「そう。なら、よかった」
彼女はフォークの先に刺さっている桃にかじりついた。
「あ、忘れてた。委員会だ」
彼女はそう独り言のように呟くと、素早く片付けを済ませ、どこかへ向かってしまった。
「おもしれぇ…」
僕は筆箱からシャープペンシルを取り出し、机にお気に入りのスニーカーの絵を描き始める。
「おい、裕也。さっき、向坂と話してたろ」
「うん、まぁ」
僕は手を動かしながら、適当に頷いた。
「あんな愛想無いのとよく話せるな。腹立たねーの?」
「いや、ってゆうか…」
このスニーカーが向坂の似顔絵になる日も、そう遠くないかもな。
心の中でそう続けた。