〜甘い果実〜-26
その日の夜。
「おや、ケイン坊ちゃま?」
落ち着いた壮年男性の声が応接室に響く。
「ん?ああ、セバスか」
予備のデスクに山と詰まれた書類の中からひょっこり顔を出したケインは、ようやく用事を済ませて街から戻ってきた馴染みの執事の姿を確認した。
セバスと呼ばれた男は右手のトレイに紅茶と焼きあがったばかりのアップルパイを載せている。ケインをも越える大柄な体格のせいで、かなり小さく見えるそれを確認したケインは手馴れた動きで書類を寄せていく。皿の置けそうなスペースを確保したのを見て取ったセバスは素早く白磁のカップを置き、音も無く琥珀色の液体を注いでいった。
「ふむ…今日はシナモンか」
人差し指と親指で支えるようにしてカップを摘み、軽く香りを確かめる。目を閉じて楽しんでいる間にセバスは説明しながら傍らにパイを置いた。
「はい。今日はなかなか良い林檎が手に入りましたので、それを使ったパイに丁度合うだろうとシナモンティーに致しました」
「うむ」
こと味の組み立てにおいてセバスに間違いは無い。特に、紅茶に関してはセバスを越えるものはいない、そうまでケインは信頼している。