Crazy Hope-1
―――全てを飲み込む大河のごとく、それは喰い尽す。それがそれであるために。
戦争評論(発行者 発行年不明)
硝煙と油。漏れだしたオイルの胸糞悪くなる臭いの中で、やかましいDENGERの警報とシグナルが明滅する。
その機構の複雑さから脱出機能不搭載なため、鋼鉄の棺桶(メタル・グレイブ)と兵達の間で噂される機動鉄鋼歩兵。俺はそのコックピットで不適に笑う。
いつからだろう、皮肉のようなこの笑いが身についたのは。
相手を殺し続けてきたことへ苦しむ自身への皮肉なのか、何者も俺を倒すことができないという傲慢故なのか。
目の前には敵。しかも新型の機動歩兵。こっちは損傷率三割を越えた旧式だ。あながち機械も嘘を言っていない。だが…
「ギリギリ勝てるな」
マニュピレータを操作し、役に立たなくなった玉無し機銃を放り投げる。ガタがきていた肩部装甲が弾け飛ぶが無視。さらに脚部兵嚢からアーミーナイフを取り出す。と同時に敵機が発砲。披弾を告げるアラームが点滅。無視。
複雑なパスワードで駆動系を解放。関節系がきしむ嫌な音がするが無視。
コックピット内にエンジンの甲高い音が響きわたる!
「いきなり必殺ですよ、と」
詰まるところただの突貫なのだが。
出力リミッターを外されて異常なパワーを発揮した動力は、鈍足なメタルグレイブに一瞬だけスピードという名の武器を与える。
そういえば自分のこの頭髪と、乗った機体にその性能限界を無視した動きを可能とさせることから、"銀色の魔術師"という二つ名がつけられていた事を思い出し苦笑する。その撃墜数もそれに拍車をかけているのだろう。
「他人より多く戦場に立ってるだけなのにな」
呟くと、敵を正面に見据える。
そして動力炉の悲鳴を纏い鉄の塊が走りだす!
スローモーションになった世界が周りに流れていく。
盾に掲げた左腕が敵の攻撃で弾け飛び、装甲の残骸がゆっくりと後ろへ流れていく。直撃弾を多数受けながらも敵機に肉薄。
いつも、この瞬間が来る度に相手の命を奪うという行為を実感する。しかし、俺の無意識は正確にマニュピレータを動かす。
右腕のアーミーナイフが吸い込まれるように相手のコックピットに突き刺さる。
一瞬、鉄を切り裂く火花と共に敵パイロットの悲鳴が聞こえた気がしたが、一々感傷に浸っていたら戦争屋はできない。
敵機の機能が停止したのを確認すると、自機も見計らったかのように機能を停止する。
もつれあったまま停止した棺桶の中から俺はなんとかはいだすと、救助を待つために煙草に火をつける。待ってる間が暇なのだ。他の仲間はまだ戦闘中だろうか?
「それにしても…」
自機のさんたんたる有り様を見て、整備の連中にどやされるのを予想して溜め息。
朝から戦闘を始めたのだが、空には赤い幕が広がっていた。
それと対照的に地上は暗い陰が広がっていく。
そのモノトーンが、綺麗だった。
今日、誰だかわからない敵に殺された仲間には物語があっただろう。恋人がいて、恋愛小説を書けば売れるような恋をしていたかもしれない。ある者は名うてのギャンブラーだったかも知れない。気の良いやつが嫌々徴兵されてきたのかも知れない。それぞれに、物語があった。
しかしそれは敵にも言えるのだ。
その物語を、多くの物語を終わらせてきた自分を終戦の希望と仲間は呼ぶ。
いつもそれを言われると苦笑で返したものだ。
夕空に煙草の煙が流れていく。