『この夜のために』-1
私が父のあとを継いでからもう10年になる。
父は定年後も嘱託としてここに残り、75歳で引退するまで、事務職を嫌い現場一筋で通してきた。
今でも久しぶりに会うと、荷扱いが悪いとか、スピードの出し過ぎじやないかとか、小言には事欠かない。
なかでも困るのは、父の口振りを真似て、同僚たちまでもが私のことを『ジュニア』と呼ぶことだ。
「おい、ジュニア!」
荷の仕分けと積み込みでごった返すプラットフォームに班長がやってきた。
「組合と上層部の話し合い、また来年に持ち越しらしいぞ。待遇改善や人員拡充なんてのは夢のまた夢だなぁ」
今夜の天気が気になるのか、ずっと夜空を見上げている。吐く息が白い。
「でも何とかしてもらわないと。ここ数年で爆発的に距離がのびましたからねぇ。アメリカとヨーロッパ中心だったものが、今では世界規模ですよ。確か、南極にもいくつか運んだとか聞きましたが……」
私は仕分けの手を止めずに言った。
出発までの時間が刻々と過ぎていく。
「まぁ、上層部の肩をもつわけじゃないが、今の若いもんは仕事に対する熱意ってもんがなさすぎる。届ける側の優しさ、受け取る側の喜び。その想いがこの世に有る限り、俺たちは運び続けなきゃいけないのさ。ジュニア! お前だってそうだぞ。お前の親父さんは欧州一の乗り手だったんだ。グチグチ言うのはまだ早い」
班長はそう言うと、豪快に私の背中をドンと叩き、追加の伝票を手の中に押し込んでいった。やれやれそういうことか……。
作業する私の頬に何かが触った。見上げると星空の中、どこから吹き運ばれてきたのか、真っ白な雪が舞っている。それまでの喧騒が嘘のように静まり返り、振り返ると仲間たちもそれぞれの手を休め、夜空を見上げている。その顔に笑顔が広がった。
「雪だ!」
「雪だぞぉ!」
「早く積み込め!」
「ぼやぼやすんな!」
「ヤッホー!!」
プラットフォームが再び男たちの喧騒と熱気に包まれた。
私にもこの品物一つ一つに込められた、優しさ、せつなさ、そして悲しみさえもが手にとるようにわかる。
こうして積み込みの最終チェックを行いながら、この真冬の空の下、カーゴ一杯に収められた品物から立ち上ぼる『愛』を感じることが出来る。
毎年毎年、今日、この日を迎えるたびに、私は父に対して変わらぬ感謝の念を抱き続ける。この世界には数限りない仕事がある。日々生まれ、日々消えていく。それがこの世の習いであるなら、それはそれで一向に構わない。ただ私は、出来ることなら父から受け継いだこの仕事を、息子や孫たちにも引き継いでもらいたい。
父や同僚たち、そして名も知らぬ先人達の真摯で愛情深い仕事振りに、私は大きな誇りを感じているのだから。
今日は聖なる夜。人々の願いがこの世に満ち溢れ、神がその力をあまねくしろ示す夜、どんなツミビトにもヒトトキの安らぎが与えられんことを……
「さぁ、出発するぞ!」
班長の一声に、真っ赤な服と付け髭で着飾った私たちは、子供たちへの贈り物を満載したトナカイの馬車に駆け寄り、また一台、また一台と、満天の星空の中、風に舞う粉雪を割って、自分の担当区域へと飛び立っていった……。
End