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『もし出来るなら……』
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『もし出来るなら……』-1

 優子は、ラフな藤色のワンピースと白いハーフコートという姿で現れた。
 
 薄暗い店内を見渡して、カウンターに私がいるのをみつけると、軽く手をあげて近づいてくる。
 私の様子をみて、どうしたの?ばっちり決まってるじゃない。デートみたいね、と笑う。
 弾けるような笑顔、私の大切な笑顔、私の宝物。
 
 良い店みつけたんだ、というのは口実で、ずっと前から、優子とこの店で飲みたかった。キャンドルが揺れるカウンターで、二人だけの時間を過ごしたかった……。
 
 カシスソーダを飲む優子を、私は〈子供〉といい、水割りを飲む私を、優子は〈背伸び〉だと笑う。デートだよ今日は。私だけのデート。かけがえのない時間……。
 
 そうそう、これ見てよって、かざした手に、プラチナのリングが光ってる。
 彼氏からのプレゼントなんだって、少し照れながら話してる。
 
 そう、もう優子はあいつのもの……。
 
 久しぶりだね、と言うと、あら、そう? 先月会ったばかりじゃない。と不思議そうに見つめ返す。
 つぶらな瞳、長い眉、小さな唇。
 
 待つ身に、『時』はいじわるで、また会える日までの一分一秒が、どれほど長かったことか。
 このまま、終電をこえて、朝まで一緒にいられたらいいのに。
 彼氏なんて、いなくなればいいのに。
 優子のことなら、何でも知りたいのに、嬉しそうに彼氏のことばかり話すから、辛くてつい黙り込んでしまう。
 
 ごめんね……
 
 世間話や近況で盛り上がってはいても、二杯も飲むともう優子は時計を気にしてる。 
 
 これから彼氏と待ち合わせ?
 
 このまま、優子を抱き締めて、ずっと一緒にいたい、そう言えたらどんなに幸せだろう。
 
 ごめんね……
 
 もういいよ。彼氏のところに行っていいよ。少し酔ったみたいだから。
 
 心の中でそうつぶやく。
 
 案の定、優子は三杯目のカシスソーダを飲み干すと、これからデートなんだと片目をつぶってみせた。
 帰り際、飲み過ぎちゃだめよって、私の肩を叩いて、楽しげに、この店を出ていった。
 
    ※ ※ ※
 
 
 優子が帰ったあと、私の気落ちした様子を気遣うように、マスターが声をかけてきた。
 
「そっくりですね。双子の御姉妹ですか? 」
 
 私は、そうよ、大の仲良し。心から愛してるの、と酔ったふりで、お化粧を直すからと、席をたった。
 
 鏡の前、鏡の中に愛した女と同じ顔が、今にも泣きそうにゆがんでる。
  この世に鏡があるかぎり、私はこの顔から逃れられない。
 出来るなら生まれ変わって、違う顔で、優子の彼氏みたいな〈男〉になりたかった。
 
 私はお化粧が落ちるのもかまわずに、両手で顔をおおうと、声もたてずに泣き出した……。
 
 
 
 
        end


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