投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

君の名前
【純愛 恋愛小説】

君の名前の最初へ 君の名前 2 君の名前 4 君の名前の最後へ

*** 君に会いに行く ***-1

親愛なるテツへ。

『突然いなくなってごめんね。しかもお別れが文字でだけだなんて。私は本当にずるいよね。許してくださいだなんて、そんなことは言わないよ。責めてくれていい。いっそ、憎まれるくらい嫌われた方がいい。
私は今、ダンボールや、どこかの外国の塔みたいに積みあがった雑誌の中で、この手紙を書いています。明後日にはこの部屋の荷物も、全てここからなくなってしまうのだけれど全然かたづいてない。女の力じゃ、どうしても持ち上げられないものはあるし、押入れの中からちょっと懐かしい物を見つけたら、ついつい手を止めて見入ってしまう。それは、アルバムだったり、テツがちょっとした時にくれたメモの切れ端であったり。様々だけどね。あ。何でそんなもの持っているんだろうって思うかもしれないね。だけど、私は何でも持っているよ。テツが私にくれたものは、全部持っているよ。だって、私の宝物だもん。
だけど、今回は、もうその全てを置いていこうと思います。私に染み付いちゃったものは仕方ないけどね。気がついたら右隣を空けて歩いたりしているし、そういった癖は持っていくよ。
ほんと、三年の付き合いは伊達じゃなかったと感じます。
でもね、こうやって手紙を書いていると、何故か頭の中に浮かんでいるのは出逢った頃のテツの顔。昨日でも一昨日でもない。遠い昔のような、だけどつい最近みたいに色鮮やかなテツの顔。おかしいね。
だけど、そういえば、テツもこの数年でだいぶ髪型や服装が変わったね。
当たり前か。そうだよね。
その分だけ、私はどんどんおばさんになっちゃってね。ちょっと寂しかったりして。
でもね、私がテツと別れようと決めたのは、まさにそれが理由なの。そんなこと言ったら、
またテツに叱られそうだけれど。だけどね、やっぱり五つの歳の差は大きいものよ。
出逢った時、テツは十七で私は二十二。それから三年でしょう。気がついたら、私は二十五。
まだまだ若いでしょう言うだろうけど、そんなことない。だって、いくらがんばったって歳の差だけは縮まらないもの。それが哀しかった。でも、勘違いしないでね。私はテツが好きよ。大好き。自信あるよ。だからこそ、別れようと思ったの。今はまだいいわ。
私たちはとてもうまくやっていたし。プロのサーファーの波乗りみたいに、生活の困難もうねりに任せて、逆らわず、うまく乗り切ってきた。でもね、いつか、テツがこんなふうに思うかもしれないって、ある日とても不安になったの。
『別にキョウコじゃなくても、自分は幸せになれるかもしれない』
ものすごくおかしな言い分かもしれないけれど、本気で怖かった。
小さい頃、公園の砂場で遊んでいて、日も暮れる頃に友達がみんなお迎えにきてくれたお父さんやお母さんと並んで帰っちゃって、気がついたら私は独りぼっちになっていて、とても心細くなった。ひょっとして、このまま永遠にこの場所で一人なんじゃないのかな。
そう思ったら、いても立ってもいられなくなってね。自分の影が次第に長くなるのが、たまらなくいやで仕方がなかったわ。ようやく迎えにきてくれたお母さんを見つけたとたん、私、声をあげて泣いたの。テツを好きだということは、いつだってそんな不安が取り巻いていた。不安。テツを失うというより、テツに必要とされない日がいつかくるのが、私は怖かった。』

お飲み物はいかがですか、という声に我にかえった僕は、文字通り心臓の止まる思いで顔を上げた。
完璧な笑顔を貼り付けたスチュワーデスが、教科書の写真にでもあるように首をかすかにかしげて僕に言ったのだった。彼女は普通に機内を歩いて、普通に僕に声をかけたのだ。
別に、驚かせようとしていたわけではない。単に僕が、いつの間にか意識を手放していたからちょっとびっくりしただけのことだった。脳みそが麻痺したみたいに、どこか真っ白な世界へ完全にトリップしていた。初めて自分が飛行機の中にいることに気がついた気分で、僕は首を横に振った。
「いえ。いりません。ありがとう」
去っていくスチュワーデスの背中から目を離すと、僕は再び自分の手元へ視線を落とした。


君の名前の最初へ 君の名前 2 君の名前 4 君の名前の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前