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君の名前
【純愛 恋愛小説】

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*** 君に会いに行く ***-6

“キョウコに会えますように”


けれど、僕の耳に届いたのはコインが水に入る音ではなかった。
細く、高く、悲鳴が聞こえた。息を飲んで振り返る。僕の投げたコインが、前に座っていた人に当たってしまったのだ。でも、僕が驚いて泉の方を見たのは、それが誰かに当たってしまったからではなかった。その声が、僕のよく知るものだったから。
その人が、暗がりの中で立ち上がるのが見えた。そして、彼女の顔が明るみの中に現れた瞬間、僕は呟いた。
「・・・キョウコ」
背中まである長い髪を一本束ねている。細くて長い眉。一重の大きな瞳。細い顔の輪郭。
間違いなく、僕の恋人のキョウコだった。
彼女は、そこに立っているのが僕だと気がつくなり、頭をさすっていた手を止め、まるでいけないものでも見てしまったかのような表情のまま凍りついた。
「・・・テツ」
彼女の口元がゆっくりと形作る。
僕ははやる気持ちを押さえながら、階段を下りていった。胸が早鐘を打ち始めている。言ってやりたいことがたくさんあって、何から話そうか迷った。
けれど、手が届くまでの距離に近づくと、そんな感情のあれこれはいっぺんに吹き飛んでしまった。キョウコは唇を一文字に結んだまま震えていた。僕をじっと見つめ返す瞳には、マーブル模様の涙が浮き出ている。それを見たら、なんだか自分の中で張り詰めていた空気が、ぱちんとはじけて消えてしまった。まるで、風船かシャボン玉のように。
「一緒に帰ろう」
無意識に言ってから、ああそうか、と思う。僕はこれが言いたくてここまできたのだ。
と、キョウコの顔が下を向いた。肩が震えている。心配になって肩へ手をかけようとしたところで、彼女の体が僕の中へ飛び込んできた。
キョウコは泣いていた。僕にしっかりとしがみついて、肩を揺らして、まるで迷子みたいにわんわん泣いた。彼女の背中へ手を回して、優しく抱きしめてやる。これで僕よりも年上だなんて信じられない。まるで子供だ。
何度も何度も彼女も耳元で「大丈夫だよ」「大丈夫だよ」と言い聞かせてから、少しすると、
キョウコの体が僕を離れた。涙で濡れた顔が、僕を見る。
「なんでここに?」
涙の絡まった声で、キョウコは言った。
「探しにきたんだよ。お前をさ。まったく。地球規模のかくれんぼなんかさせるなよ」
彼女が少し笑う。僕はホッとして彼女を体から離すと、手だけを握ったまま、
「さ。行こうぜ」
と歩き出そうとした。
「テツ」
「ん?どうした」
「・・・私」
心細そうな顔が、僕を見つめる。
僕ははにかむように笑った。
「分かっているよ。キョウコの考えていることは、ちゃんと分かっている。だから言っているだろう。一緒に帰ろう」
「・・・テツ」
「ほら。行くぞ。実はタクシー待たせてあるんだ」
キョウコは一つだけ、大きく頷いた。
二人で手をつないだまま、階段をゆっくりとのぼっていく。
「でも、テツ。これからどこへ行くの?ホテルに戻るの?」
「バーカ」
僕は泣きっ面のキョウコを見ながらふきだした。
「トレビの泉に行った後はパスタなんだろ?お前が言っていたんじゃないか。俺より早くきていたんだから、どこか美味しいパスタの店、紹介しろよ」

                  the end


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