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君の名前
【純愛 恋愛小説】

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*** 君に会いに行く ***-5

ローマはよく晴れていた。
タクシーの窓から見える夜空は、ほんの少し雲があるだけで、あとは暗い闇が広がっている。流れていく建物はほとんどが石で出来ていて、形や色合い、そして触れればきっと手触りの感触や匂いまでも情緒に溢れているだろう。長く真っ直ぐに伸びた道路も、石をはめ込んだような形をしている。ほんの少し、車は揺れていた。
車道の脇には、並んで街灯が立っていた。優しい、暖かいオレンジ色の光が、見たこともないような華のようだ。
三十分ほど走って、ようやく目的のホテルに着いた。
ビバリーヒルズホテル。イタリア旅行のガイドブックでは三ツ星のホテルだ。日本の観光客の利用が多く、日本語も通じると書いてある。車が止まると、お金を払いながら、僕は運転手にここで待っていてくれるようお願いした。そう、部屋をとって荷物を置いたらすぐにでもキョウコを探しに出るつもりでいた。はっきり決めてはいないけど、持ち金の都合上滞在はせいぜい三日くらいになってしまうだろう。
車を降りる。風は暖かかった。これならコートなんて着なくてもいい。
ホテルの部屋はたくさん空いていた。
263号室。僕はキーの代わりにカードを通してロックを解除し、なだれ込むように部屋へ入った。重い荷物を投げ捨て、そのままベッドへ倒れ込む。正直言って、このまま眠ってしまってもよかった。いや、この疲労度だ。出来るならそうしたい。こっちと日本との時差は八時間もある。ベッドの脇の時計を見る。夜の十一時。と、いうことは、日本は朝の七時。とっくに朝なのだ。
げんなりとため息をついて立ち上がると、僕は貴重品だけをチャック付きのシャツの胸ポケットにしまいいれて部屋を後にした。
タクシーへ戻って、行き場所を告げる。ここからだと、どれくらいで着くのだろう。
少し不安になりながら、僕はここへきた時のように、再び窓の外を見た。
僕が最初に目指したのは、観光地としても知られる場所だった。
トレビの泉。
何故そこかというと、実はキョウコが昔言っていた言葉を覚えていたからだった。
私はね、イタリアに行ったら絶対にこれだけは見ておきたいの。一つはミケランジェロ広場から一望出来るフィレンツェの町並み。二つ目は、海の上で放物線のように引っ込んだナポリの町並み。そしてこれが一番見たいんだけど、トレビの泉。テツも知っているでしょう。コインを投げたら、幸せになれるあの泉よ。あそこ、昼間は人がとても多いから、夜中にねコインを投げに行きたいなぁ。その後の夕食はやっぱりバスタよね。
もちろん、僕が言った時にキョウコがいるかは分からない。一分のすれ違いでも、永遠の別れになってしまうこともある。だから後は願うしかないのだ。
こうしてキョウコを探しにイタリアへきて、初めての地で愛する人を見つけようとしている。この大きな世界で、たった一人の人を。他人から見たら、やっぱりばかだと思われるだろうか。だけど、僕はキョウコじゃなければ駄目なのだ。彼女を、こんな形で失いたくはなかった。そして、僕がこうまでして動いたのは、気づいていたからだった。彼女は、僕がいやで逃げ出したわけではない。その逆だ。本当は逃げ出すのがいやだった。だから、あんなふうに日記を残していった。あんなにたくさんの文字を残して。キョウコは、試しているのだ。僕を。僕が自分を迎えに来てくれるのかどうか、待っているのだ。日記にも書いていた。時々、僕の気持ちを試すのだと。だから今回も、遠いどこかで、彼女は僕が来ることを膝を抱えて待っている。今、僕はそれをはっきりと感じていた。キョウコの残したサインに、気づいていた。
一時間ほどして、車は止まった。窓の外には、照明で青白く光るトレビの泉が見える。車を降りて、僕は正面からその泉を見つめた。やっぱり写真で見るのと、実物ではえらい違いだ。足元にはトレビの泉へ続くゆるい階段が伸びていた。両側には転落防止のためか、鉄の策が張られている。人影は・・・ちょっと闇が濃くてはっきりとは分からないが、残念ながらキョウコはいないようだ。ため息をついて、うなだれる。気を取り直して顔を上げると、僕はジーンズのポケットから何枚かのコインを取り出した。イタリアの硬貨だ。
くるりと体ごと回って、泉に背を向ける。確か、コインを投げる時には、こうやって背中から上へ向かって放り投げてやるはずだ。願掛けの内容はそれぞれ枚数で決められている
らしい。そこらへんはよく覚えていないのだけれど。
とにかく、僕の願いはただ一つ。キョウコを見つけ出すこと。
コインを一枚右手に握り、軽く握り締める。ありったけの願いを込めて、僕それを空へ放った。


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