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君の名前
【純愛 恋愛小説】

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*** 君に会いに行く ***-3

少しして、彼女は言った。
「人を好きになる時って、それなりにタイミングがあるわよね」
「あるの?」
「あるわよ。私たちだって付き合う前に、ちょっと仲良くなってキスして。それから始まったのよ」
「そうだった」
なんとなく恥ずかしくなって、僕は下を向いた。
四角いテーブルをはさんだ向こう側で、キョウコの笑う気配がした。
「とにかくね。そうやってきっかけがあるんだけど、好きになると、好きなものは好きって感じででさ。理由なんてどこへやら。完璧に忘れちゃうじゃない」
僕は顔を上げて、彼女を見た。
「そういうもの」
「私たちが付き合いだしたきっかけ、忘れていたでしょう」
「・・・ごめん」
いたたまれなくなって、再びうつむく。
「つまりそういうことよ。私にとってもイタリアも。理屈じゃなく好きなの。だからいつか行ってみたいなぁ。写真見ただけでこれだけステキなんだもの。きっと実物を見たら失神しちゃうわ」
キョウコは、二人の間にあるテーブルで身を乗り出すように言った。藍色によく似合う笑顔だった。

空の景色が変わった。
飛行機はさらに高度を上げ、雲を越えたのだ。
その瞬間、僕は自分の口がゆっくりと開いていくのを止められなかった。
僕の目には、ゆったりと広がる雲海が映っていた。なんて美しいのだろう。誰にも踏み荒らされていない、やわらかく降り積もった雪のようだ。太陽は白く、空に張り付き、木漏れ日のような茜色の輝きを落としている。どこかしこも完璧なまでの美しさで、まるで生きたまま天国へきてしまったような気分だ。
すごい、と素直に思った。そして、その一方ではキョウコのことを考えていた。彼女も、この景色を見たのだろうか。もしも見たのなら、彼女だったら泣いてしまったかもしれない。僕はその光景を、じっと見つめた。
実を言うと、キョウコが本当にイタリアへ向かったかどうか、僕にはまだはっきりと分からなかった。日記にもそれらしいことは書いていなかったし、他に確信をつくものは何もない。だから、ひょっとすると実際はイタリアなんかには行っていなくて、日本の、どこかで新しいアパートを借りて新しい生活をはじめているのかもしれない。
それなのに、僕はどういうわけか、キョウコがイタリアへ行っているような気がしてならなかった。他のやつが聞いたら、馬鹿だと笑うだろう。僕がその立場なら、やっぱり笑うと思う。それでも、どうしてもこの勘だけ曲げられなかった。
どんなにすれ違っても、例えどちらかが相手をつっぱねたとしても、運命ならきっと再びどこかで出会う。そんな気持ちを、僕はちぎれるくらい真っ直ぐな強さで信じていた。


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