伊藤美弥の悩み 〜受難〜-13
翌日……美弥と龍之介の関係は、急速な進展を見せる。
いつもと同じ代わり映えのしないチャイムが、終業を知らせた。
鞄に荷物を詰めた龍之介は、美弥の元へ行く。
「ごめん。トイレ寄るから、先に行ってて」
「あ、うん。じゃあ下駄箱のとこで待ってる」
美弥が頷くのを確認し、龍之介はトイレへ用を足しに行った。
……平和な日々が続いていたから、油断したのかも知れない。
今まで登下校の際は常に、美弥の傍でガードしていたのに。
――用を済ませた龍之介が下駄箱の所まで行くと、そこには誰もいなかった。
「……?……」
きょろきょろと周囲を見回し、龍之介は美弥を探す。
「美弥?」
声を出しても、反応がない。
「美弥……!?」
龍之介は焦り始めた。
「美弥!?」
シューズを突っかけ、龍之介は外へ飛び出す。
美弥は、外にもいない。
己の迂闊さに、龍之介はギリリと歯を噛み締めた。
「龍之介君」
横からかけられた囁くような甘ったるい声に、龍之介は総毛立つ。
「めぐっ……!?」
「可愛い彼女ねぇ」
恵美は甘ったるい微笑みを浮かべ、龍之介の腰に手を回した。
「……!お前か!?」
「何が?」
恵美は微笑みを崩さずに、龍之介の穿いているスラックスに通されたベルトをゆっくりと外し始める。
「止めろ!!」
その手を振り払い、龍之介は恵美を睨み付けた。
「美弥をどこへやった!?」
「……さあ?」
恵美は妖しい微笑を浮かべ、今度は龍之介の股間をさすり始める。
「ッ……止めろと言ってる!!」
快感よりも、嫌悪感が先立った。
「答えろ!!美弥をどこへやった!?」
「知りたい?私の持つ情報……」
「ッ……誰が貴様なんかの!!」
体を這い回る指の感触がまるで毛虫のようで、龍之介は肌を粟立たせる。
「あなたの彼女……可愛すぎて、誘拐されたみたいよ?」
「なっ……!?」
その言葉を裏付けるように、悲鳴が聞こえてきた。
「美弥!!」
悲鳴のした方へ、龍之介は駆け出す。
走りながら、龍之介は思った。
恵美は何をしに、玄関口まで来たのだろうか?
一度飛び出た悲鳴のおかげで恐怖に凝り固まっていた体がほぐれ、美弥は猛烈な抵抗をする事が出来た。
「嫌っ、嫌っ!嫌ーーっ!」
だが抵抗もむなしく制服は脱がされ、ブラジャーはずり上げられ、ショーツは引きずり落とされようとしている。
登下校の際は常に龍之介が引っ付いていたから手を出せなかった連中が、僅かな隙に一致団結して美弥をさらったのだった。
「へっへっへっ……ごか〜いちょ〜う」
下卑た笑みを浮かべた少年が、ショーツを剥ぎ取りにかかる。
「やっ……!!」
美弥は、羞恥心で固まってしまった。
「止めてっ……やだっ……龍之介えーっ!!」
「美弥ーーーっ!!」
意外と近くから声が聞こえて、美弥に取り付いていた少年達はぎょっとする。
「ぎゃっ!?」
美弥の前にいた少年が、何の前触れもなく吹っ飛んだ。
どこからか現れた龍之介が、その少年を蹴り飛ばしたのである。
「う……動くなっ!おんっ……」
取り付いていた少年が能書きを並べる前に、龍之介は鳩尾へ掌底を一発叩き込んで沈黙させた。
「まだやるか?文句があるならかかって来い」
圧倒的な実力差を見せ付けられた残りの少年達は無言で顔を見合わせ……逃げ出してしまう。
「……行ったか」
龍之介は捨てられていた制服を拾い、美弥に着せかけた。
「ごめん……油断、してたんだな」
「龍之介……」
美弥は、龍之介へ縋り付く。
「龍之介……」
龍之介は……美弥を、抱き締めた。
「美弥……」
腕の中で震えている美弥を、愛しいと思う。
「龍之介……以外の男に……」
「?」
呟きに、龍之介は首をかしげた。
「あんな事されるの……嫌……」
「み……や……?」
「私、龍之介が……好きかも、知れない」
「…………言い切って」
「え?」
「僕を好きだと、言い切って。僕は、美弥が好きだから」
美弥の目を覗き込み、龍之介はそう言う。