伊藤美弥の悩み 〜受難〜-11
その頃、高崎家では。
「だあっ!駄目だあああっ!」
愚息の治まりがつかず、龍之介は呆れ返る。
「お前はーッ!三度も抜いてまだ元気たぁ、どういう事だッ!?」
よほど美弥の乳房の感触がお気に召したらしく、龍之介の肉棒はいきり立ってばかりいた。
しょうがないので治めるのを諦め、寝具に寝転ぶ。
「美弥……」
少女の事を思い返して、龍之介はため息をついた。
柔らかくて甘くて、いい匂いのする体だった。
その『いい匂い』こそが美弥から発散されているというフェロモンなのかも知れなかったが……龍之介には分からない。
確かに、魅力的な女の子だ。
外見に我慢できない程まずい欠点がある訳でもなく、龍之介の話にいつもころころと笑い転げてくれる。
――偽カレカノの関係が始まる前から、龍之介は美弥の事を気にしていた。
そこで以前から割と気軽にお喋り出来た美弥の友達に、自分の事をアピールするように頼んだりして搦手で攻め始めた矢先に、これである。
「美弥……」
いきり立ち続ける肉棒に根負けして、龍之介はそれを扱き始めた。
「っく……うう……!」
快感を楽しむためではなく、いきり立ちを鎮めるための機械的な自慰。
龍之介はそれで、四度目の射精をした。
それでも噴出した白濁液は、どろりと白くて濃い。
このままなら美弥の乳房の感触だけをおかずにして、ごはん三杯はイケる。
――決して、女性経験がない訳ではないのに。
「どうするんだよ……」
龍之介は、途方に暮れた……。
翌日の二人は、会話に弾みがなかった。
電車での一件と昨夜お互いがお互いをおかずにしていたという秘密が、会話の枷となったのである。
それでも一日を取り繕ってやり過ごし……下校して校門をくぐったその時に、事件は起きた。
白い高級車が、二人の前に横付けされる。
「龍之介君」
後部座席から顔を出した女性が、甘ったるい声で囁くように言った。
年は二十代半ば頃。
緩くウェーブのかかった長い栗色の髪に、上品な化粧。
着ている物はどこぞのブランド品らしい、いかにも高級そうなスーツ。
ウォーム&エレガントな美人である。
「恵美さん……」
気まずそうに、龍之介は呟いた。
二人の間に立ち込める、微妙に熱くて冷めた雰囲気。
龍之介の傍らに立つ美弥は、口を挟む事ができない。
「……兄にも僕の方にも、あなたには何の用もありません。どうぞお引き取り下さい」
左腕を後ろへ隠しつつ、龍之介は言った。
隠した左腕は、ぶるぶると震えている。
「龍之介君」
女性は、甘く囁いた。
「お引き取り……下さい……」
腹の底から搾り出されるような声で、龍之介は呟く。
「そう……じゃあ、またね」
「二度と来るな売女ッ!!」
人目も憚らず、龍之介は叫んだ。
「どのツラ下げて戻ってきやがった!?」
女性は、ひらひらと手を振る。
「じゃあまたね。龍之介」
「ッ……!!」
高級車が走り去ると、美弥は龍之介をかばって人目につかない場所へ移動した。
「…………ごめん」
龍之介は重いため息をつき、美弥へ謝る。
美弥は近くにあった自販機からミネラルウォーターのボトルを二つ買い、一つを龍之介へ手渡した。
「とんでもない所……見せちゃったな」
「大変そう……ね」
ボトル半分程の水を一気に飲み干し、龍之介は頷く。
「色々とね……」
美弥は、龍之介の様子を窺った。
何となく、事情を聞いて欲しそうな顔をしている。
「……差し支えなければ……聞いていい?あの人は、一体誰なの?」
龍之介は、苦々しい声で呟いた。
「あの人は……兄の婚約者……だった」
龍之介がボトルを空にしたので、美弥は手付かずだった自分のボトルを差し出す。
「ところが結婚式直前に彼女が浮気して、結婚はご破算。婚約解消したくせに、兄へ纏わり付いて……相手にされないからって、僕を篭絡して兄に会おうとしているんだ」
龍之介は、わざと伏せておいた。
彼女が自分の初恋の相手である事や、彼女に無理矢理肉体の快楽を覚えさせられた事などを。