オーディン第五話『悩めるオーナー・後編』-2
「ゴホッゴホッ、もっと静かに開けろよな」
男の声がすると同時に、シグルトの顔めがけて蹴りがとんできた。シグルトは足を左腕で払うと背中から剣を抜き、声のした方へそれを突き刺した。
「レストランの…」
「蝶ネクタイの…」
シグルトの剣先はコート姿の男の頭に、男の握っている銃はシグルトの頭に突きつけられていた。
「そこまでです」
張り詰めた空気の中にルシファーが入ってきた。
「シグルト、ファウスト、武器をおろしなさい、彼は敵ではありません」
シグルトと黒いコートを着たファウストは、お互いの目をみるとゆっくり腕をおろした。
ルシファーは二人の間に入ると、シグルトにファウストを紹介した、そして黒いコートを着た者たちを使って、スルトを倒す為の計画を進めている事を伝えた。
「私は彼らを“コート”と呼んでいるのですが、シグルトにはその中心として働いてもらいたいのです」
ルシファーの話にシグルトはゆっくり頷いた。
ルシファーがシグルトに説明している横で、ファウストが黒い車にかぶっていたシートをはがした、するとシグルトの視線が車に釘付けになり、彼は鼻息を荒くした。
シグルトは無意識のうちのルシファーの質問に全て“分かった”で返事をしていた。
「これで契約はなりました、では早速これと一緒に捜しにいってください」
ルシファーは足下の犬を指差した。
「へ」
シグルトは思わずいつもより高い声を出した。何の事だという顔をしている。
「いやあ、こんなにすんなり契約が結べるなんて思ってなかったです」
「契約…」
シグルトはそう呟くと、急いで両腕を見た。彼の手首に複雑な模様が刻まれていた。
「ルーン文字、いつの間に…」
「契約内容はスルトを倒すため、古の神々を復活させる事、成功すればそれなりの報酬は差し上げますよ」
シグルトは一瞬ルシファーの顔を睨んだが、溜め息をつくと目をつむり小さく頷いた。
「じゃあな」
ファウストが大きく手を振りそう言った。
ルームミラーから見えるファウストの姿が小さくなっていく。
「“ゲリ”だったかな、よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願い致します、シグルト様」
黒い車が走っている、運転席にはシグルトが、助手席にはルシファーから贈られた犬が座っていた。
ファウストは大きく手を振り、黒い車が見えなくなるまで見送った。
「そろそろ行かない、ファウスト」
手を振り終えたファウストの後ろから、一匹の狼が顔をのぞかせた。
「そうだな行こう」
ファウストはそう言うと狼の頭をわさわさとなでてやった。狼はとても気持ち良さそうな顔をした。
「フレイヤを呼んで来てくれ」
狼は尻尾を振りながら舌を出して走って行った。ファウストは狼の走っていくのを確認すると、隠してあったスレイプニル(バイク)に跨がりゴーグルを首からぶらさげた。ファウストは足でリズムをとり、指をならしはじめた。
「きっと驚くぞ…」
ファウストはワクワクしながらフレイヤたちを待った。
「ファウスト、これ狭くない」
背中から聞こえたフレイヤの突然の一言。ファウストの高揚した気分はすぐ元に戻った。
「文句を言うな、乗れ」
ファウストは無表情でバイクの両脇に付いた車輪付きの箱を指差す。
「これに乗っていいの、ファウスト」
フレイヤとは違い、狼の反応は良かった、尻尾を振り目を一段と輝かせていた。