Bitter about you@-1
〜KOUJI SIDE〜
「‥次、いつ会える?」
俺は自分でも驚くほどに優しい声音を彼女に向けた。
何時の間にこんな声が、こんな表情ができるようになったのだと、遠いどこかで不思議そうに見下ろす自分が居る。
開けたままの助手席のドアから顔を覗かせ、君が真っすぐな笑顔を返した。
「あなたのお気に召すままに」
――いつもの別れ文句。
何度聞いても聞き飽きないその言葉が欲しくて。
だからいつも同じ事を聞いてしまう。
らしくなく、俺の顔の温度が俄かに上昇した。
…今が夜でよかった。
――彼女は無駄な言葉を吐かない。
初めて会ったとき、失語症なのかと思ってしまったほどに。
でも違うんだ。
気持ちを伝える手段が言葉だけとは限らない――
…それを教えてくれたのが彼女――繭未だった。
マンション内に消えていく繭未の背中が見えなくなるまで、じっと見守る。
見えなくなっても、
ガシャン…
ドアの閉まる音を確認するまで、俺は車の中で待つ。
そしてその後、苦笑を浮かべるのだ。
俺は一体どうしちまったんだ、と。
繭未に会う前の俺は微塵も顔を出さない。
演じているわけでもない。
ただ、純粋に
不自然なほどに肩の力が抜けて
気が付いた時には、俺の世界の中心にはいつも君がいた。
…幸せだったんだ。
…疑いもなく酔っていた。
君に――…
そして心に一片の嘘偽りもないほど
――彼女を愛しきっている自分に。
しかし今朝
俺は悪夢で目覚めた。
歪な過去。
消したい記憶。
どれだけ時を重ねても
…霞まない生傷。
冷たい汗が躰を冷やす。
「…どうして思い出すんだ」
奥歯が軋んだ。
くしゃ、と乱暴に前髪を掻き抱く。
繭未の澄んだ笑顔と声と肌に触れるたび
狂いそうな程の後悔に苛まれるようになっていく。
…浄化されている、のかもしれない。
ぽつり、と呟いた。
俺はあまりにも汚れていたから。
だから、眩しすぎる光に痛みを感じるのだろう。