刃に心《第6話・愉快に誘拐》-5
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中は薄暗かった。
光源は窓からの月明りのみ。
部屋の中央で淡い光に照らされた人影一つ。ロープで拘束された朧がいた。
「疾風さん!」
朧が驚いた様な声を上げた。
「先輩…楓と霞は?」
「ごめんなさい…分かりません…」
朧は顔を伏せた。月明りを受ける顔は悲壮感を醸し出している。
「すみません…これ…解いてくれませんか?」
朧は目線を自らを拘束する縄に向けた。
「嫌です」
そんな朧に疾風はポツリと言った。
「解きにいって、ぶすり…なんて洒落になりませんから。先輩なんでしょう?犯人」
訳が分からないといった表情をする朧に対して、疾風は一定の距離をとって構えた。
「………」
「………くすっ♪」
朧の顔から悲壮感が消え、代わりにクスクスといった含み笑い。
「私もまだまだですね」
スルッとロープから抜け、朧が立ち上がった。
「大正解、御名答、ピンポ〜ンピンポ〜ン、といったところでしょうか…その通りです♪犯人は私、《薬師》月路朧」
「……楓は何処ですか…?」
「さあ?何処でしょう?私に力づくで聞いてみます?私、強引なの嫌いじゃないですよ♪」
あくまでも微笑みを絶やさない朧。
「でも、左手一本で倒せる程、私は弱くはないと自負していますけど♪」
そう言って、朧は素早くポケットから針を放った。
疾風はそれを旋回して躱し、そのまま左の裏拳を繰り出す。
「くすっ♪だから言ったのに」
疾風の拳をゆっくりと包み込むようにいなした。そして鳩尾に掌底を打ち込む。
「ぐぅ…」
思わず呻き声を上げる疾風。だが、追撃をくらわぬよう、間合いだけはしっかりととった。
朧は離れた疾風にまた針を放ち、翻弄する。
「その程度なんですか?《風刃》の忍び名が泣いちゃいますよ?」
タタタ…と小気味良い音をたて、針が床を穿つ。
「私の見込み違いだったんですか?」
「先輩…」
「どうしました?」
針を避けながら疾風が言葉を発した。
「何を勘違いしているんですか?」
疾風の姿が朧の視界から消えた。
「!?」
朧が驚いた瞬間、ギャギャッと床を何かが擦るような…否、抉り、削るような音がした。