刃に心《第6話・愉快に誘拐》-3
「どうした?」
通話ボタンを押し、霞の声を待った。
「忍足疾風ダナ」
しかし、聞こえてきたのは甲高い、機械で変換されたような声だった。もちろん、霞の声は機械的ではない。
「…どちら様?」
疾風は一瞬だけ驚いた顔を作ったが、すぐに冷静さを取り戻した。
「名乗ル程ノ者デハ無イ。単刀直入ニ言オウ。君ノ妹、及ビ許婚ハ預カッタ」
機械的な音声は尚も告げる。
「返シテ欲シクバ、7時ニ日ノ土高校マデ来テモラオウ」
「要求はそれだけか?」
「アア、金モ何ニモイラナイ。他ニハ?」
「…楓か霞に代わってくれ」
「イイダロウ」
あっさりと誘拐犯は疾風の申し出を承諾した。
少し雑音が混じった後、声が変わった。
「兄貴!」
「霞、大丈夫か?」
「うん…」
何時になくしおらしい霞。心なしか声も掠れている。
「練習が終わって月路先輩と帰ろうとしたら…急に襲われて…」
「捕まってるのはお前と楓だけか?」
「ううん…多分先輩も…兄貴、お願い…早く…」
霞がそう答えて再び誘拐犯に代わった。
「君ノ御両親ニハ知ラセナイ方ガ良イ。君ノ大切ナ人ガ傷ツクコトニナルカラ。デハ、待ッテイル」
電話はそこで切れた。
疾風の耳にツーツー…という電子音が流れてくる。
「…ご忠告どうも」
疾風は何も語らない携帯を耳に押し当てたまま呟いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
夜の街を一陣の風が翔けていく。
闇を渡るその姿に気付く者はいない。
トンッ…と民家の屋根を蹴った。日ノ土高校の校庭に華麗な着地。
止まること無く、走り出して、演劇部の部室へと向かった。