『 初恋 』-1
救護員から警察無線で緊急の受け入れ要請がはいり、国立総合病院の緊急治療室に患者が一人運びこまれた。
待機していた蘇生チームがテキパキと患者の衣服を切りとり、心電計、脳波計、デジタル表示される体温計のリード線を、身体に張りつけつないでいく。
チームの主任医師が、搬送してきた救護員と看護士に事故の状況をただした。
「患者は25歳、女性。車による河川への転落事故による溺死。外傷はなし。事件性がないため、薬の服用も可能性低し。水温 8度、水中での経過時間は15分程度だと思われます」
看護士があとを引き継ぐ。
「心拍なし、測定可能な血圧なし、体温10度です」
10度！そりゃ低すぎる！とチームの中から驚きの声があがる。
体温が低いのはありがたいが、低過ぎれば逆に細胞を破壊する恐れがあり、蘇生の妨げになる。
「なるほど。つまり今現在、この患者は完全に死んでるってことだな」
これからの一分、一秒は無駄にできない。
推定で入水後30分。主任医師は、準備を整え指示をまつスタッフに向かい、鼓舞するように何度も手を叩くと、力強く言った。
「さぁ、諸君！彼女を連れ戻すぞ！」
※ ※ ※
ヒールなんて履いてくるんじゃなかった……
帰りを急ぐ人の波にもまれながら、偶然、反対側のホームにいるあなたをみつけた。
背が高く、髪も伸びて、紺色のスーツ姿で電車を待つあなたは、少し疲れた顔をしてる。
でもその優しげなまなざしは、十数年振りに見た今でさえ、間違えようもない面影が残ってる。
゛反対側のホームに電車が入ります ゛というアナウンスに、乗車待ちの列を離れ、階段に急ぐ私は、どうしてスニーカーにしなかったの、せめて踵の低いパンプスならよかったのにと、そんなことばかり考えてた……。
※ ※ ※
患者の腕に採血用の針が差し込まれた。
バイパス装置が低くうなり、血液がゆっくりと吸い出されていく。
装置によって温められた血液が太股の静脈からもう一度体内に戻され、徐々に体温を37度まで引き上げるのだ。
主任医師が X線写真とソノグラムを調べてる間、スタッフがそれぞれ、投与する薬液の調整と除細動器の準備。温熱パッドと人口呼吸器の動作確認をしている。
「骨折もなし。内蔵の損傷も確認できず。見たところ、まったくきれいなものだ」
主任の指示で、バイパス装置の輸液管を通る血液に、大量の薬液が送り込まれた。
「10分経過、まだ体温13度までしか上がっていません」
記録係りのコールに、温熱パッドのスイッチが入れられた。
なんとか心臓が動きだせるくらいまで体温を上げるには、あと15分近くかかる。
心電図、フラット。脳波計、フラット。スタッフ全員がモニターを注視する中、じりじりと時間だけが過ぎて行く。
「さぁこい。はやく、はやくこっちに戻ってこい」