隣人のち恋人、ときどき変人。-1
「こんばんは〜…。秀太君いますか〜？」
一階の玄関から聞き馴染みのある声が聞こえてくる。
「あら、佑香ちゃん、いらっしゃい。
秀太なら上にいると思うから、どうぞ上がって。」
続いて聞こえて来るのは俺のお母んの声だ。
例のごとく訪問客を俺の部屋へと案内しているらしい。
「…あの子の部屋、今すっごく汚いけど。」
コラ、ババァ。
余計なことは言わんでよろしい。
というかさほど汚い状況ではないと思うのだが…。
キレイ好きな人間には納得できない状況というのはまぁ、認めるけど。
「おばさん、ありがとうございます。じゃあ、お邪魔しますね〜！」
訪問客はそう答えた後に、トントントントン…、と軽快に階段を上ってくる。
そしてその足音は俺の部屋の前で止まり、ドアをノックする音へと変わった。
コンコン。
『…どーぞ。』
俺はゴロゴロと読んでいる漫画から目を離さないまま、一言だけそう応えた。
秀太君やっほ〜、と言いながら、
ドアの隙間からひょっこりと顔を出す女の人。
彼女は神楽佑香（かぐらゆうか）、２０歳。
専門学校に通い始め、今年で２年目になる学生だ。
ちなみに俺は早乙女秀太、１７歳、現在高校２年で勉学、部活動に勤しむ学生。
つまり、彼女は俺の３つ年上の人ということになる。
さて、ここで一つ言っておくべきことがある。
お母んがこの人を部屋へ案内した時に漂っていたフレンドリーな空気に、
俺たち２人を恋人同士だと勘違いした人もいるのではないだろうか。
だが、この神楽佑香という人は決して俺の恋人ではない。。
神楽家と我が早乙女家の関係を考えれば、あの対応は至極当然なものなのだ。
一言で言ってしまえば神楽家はオトナリサン。
俺が生まれる前（佑香ちゃんも生まれる前）から、
両家の交友は始まっていたと俺は聞いている。
そんなわけで小さい頃から俺とこの人が一緒に遊ぶことは自然と多かった。
そしてそれが現在も続いている…、というわけなのだ。
『佑香ちゃん、今日は学校終わるの早かったんだね。』
俺は読みかけの漫画を机の方へ投げ捨てて、名前の主の方を見た。
「まぁね。５時限目休講になっちゃってさ。」
ふ〜ん…、と一言だけ返事をしながら、
先ほど言われたことを思い出し、一応部屋を少しだけ整理し始めた。
「…秀太君片付けはいいからさ、早く昨日の続きしよ〜よ〜！」
テキパキと部屋の中を整理する俺の服の裾を軽く引っ張りながら、
いかにも我慢出来ないと言った声でそう問いかけてくる隣人、神楽佑香。
…ふむ、まぁ予想通りではあるのだけれど。
所詮この人は俺をただ【それ】の相手としてしか見ていないのだ。
『いいけど…。佑香ちゃん上手すぎるんだもん。
５分と保たないからなぁ〜…。』
「そんなのいーじゃん♪
これは２人でやるのが楽しいんだからっ！…ね？
ほら、いいからいいから〜。早く電気消してっ。」
ま、そりゃごもっともなことっだけど。
俺は黙って指示に従い準備を整えると、ゆっくり部屋の電気を消した。