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僕が必ず忘れること
【純文学 その他小説】

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僕が必ず忘れること-3

「山田君?」

 今朝の電話の声がしたので振り向いた。そこには紺の作業着を着た女性が立っていた。

「やぁ、遅れちゃって」
「それはいいけど、なんでスーツなんか着てるの?」

 作業着を着た女性は僕の足元から頭のてっぺんまで観察して、訝しげにそう言った。この奇妙な状況で、僕は返答に困ってしまう。作業着? この女はなぜ作業着なんか着てるんだ?

 しどろもどろな僕の様子に耐えかねたのか、女性は怒りに満ちた表情を見せる。

「作業着は? あなた現場で何するつもりなの?」
「仕事を……」
「スーツ着て改装工事にあたる職員がどこにいるのよ」
 なるほど、ローソンの外壁に単管パイプが張り巡らされている。僕はここで改装工事をするはずだったのだ。たしかにスーツを着てやる仕事ではない。深いため息に紛れて、僕は泣きそうになる。

「忘れてたんだ」

 と僕は精一杯震えた声で言う。

「え?」
「仕事の内容、忘れてたんだ」

 しばらくの沈黙のあと、はっと思い出したように女性は言う。

「あなたね、記憶がなくなったら電話でそう言いなさいって、何度も言ってあるでしょ」
「覚えてないよ……」

 僕はついに涙ぐんでしまったが、作業着に着替えるため、とぼとぼと家路につくのだった。



 ところで僕が家に帰って最初にしたことは、今日の出来事を日記に書き込むことだった。今度記憶を失ったら、真っ先に日記を読み返そう。そうすれば今日のような失敗はなくなるから。うん、これっていいアイデアだ。

「あれ?」

 しかし開いた日記帳には、同じ文章が何ページにもわたって書き込まれていた。日記の中の僕は、どの日もスーツを着て現場へ行き、泣きながら着替えに帰るのだった。ちょうど今日の出来事と同じふうに。

 そうだ、僕は読み返すことを忘れていたのだ。


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