『 long-distance call 』-1
シャワーの後の濡れた髪をタオルで束ねると、優子はベッドの端に腰をおろし、フッと溜め息をついた。
視線は心とは裏腹に、サイドボードの電話に引き寄せられる。
何年も使った愛用の電話機が、今では得体の知れない生き物のように感じられ、手を伸ばすのも怖い。
「お願い。今夜はかかってこないで」
一人暮らしのマンションの部屋で、温まったはずの肩を寒そうに抱きながら、優子は電話機に向かって何度も何度も呪文のように唱えていた。
無言電話が来るようになってもう2ヶ月になる。
近頃では受話器の奥で何かブツブツつぶやく声がかすかに聞き取れるようになっていた。
電話が鳴った。
優子の喉の奥から小さな悲鳴がもれる。
あとずさろうとする身体を何とか奮い立たせ、震える手で恐る恐る受話器を取った。
『ゆ………き…………る……お…………』
優子は叩きつけるように、電話を切った……。
父と母が眠る菩提寺は、山の中腹にある永明寺で、月命日は共に15日だった。
墓の前で軽く手を合わせると、持参した水で石を洗い、花を供え、線香を立てる。
花は母が好きだった白い百合で、父はこの10年というもの、毎月欠かさず、この墓を参っていた。
その父も3ヶ月前に捜査中の事故で亡くなった。二回級特進。最後は警部だった。
改めて墓前で手を合わす。
新緑に包まれた霊園に、街の喧騒はとどかず、どこかでヒヨドリが鳴く声が聞こえるばかりで、風もなく、線香から立ち上ぼる煙だけが、真っ直ぐに青い空にとけこんでいった。
―― お父さんお母さん、私を守ってね――
優子は二人にそう心で語りかけた。
※ ※ ※
最初は写真だった。
送り主の名がない、白封筒に入った数枚の隠し撮り写真。
会社の行き帰り、同僚とのランチ、休日の買い物まで、優子のプライベートが克明に写し出されていた。
同時期に始まった無言電話。派手な下着の贈り物。バラの花束はドアに立てかけられ、写真は毎日届くようになった。
いつだったか、残業で遅くなった帰り道、人気のない道で、足早につけてくる靴音を確かに聞いた……。
管理人のおじさんに問い質しても、管理はしっかりしてます、の一点張りで、美人は大変ですねぇ、と好奇の目で見られ、警察にいたっては、急を要する事件性はないと、形式通りの届け出をしたにとどまった。
優子は真綿で首をしめられるような強い息苦しさを感じていた。
昼間でもカーテンを閉め、鍵は管理人に届けて二重ロックに換え、無言電話も2、3日前から無視していた。
何をしても、いつもどこからか見つめられている気がした……。