壁時計-15
茉琳と春奈は一次会が終わると、連れ立って春奈のマンションに帰ってきた。こぢんまりとした部屋は、よく整理されている。部屋のところどころに飾られた小さな額には、オーロラや砂漠の風景を撮影した写真が納められていた。
「ハーちゃん、これ自分で撮ったの?」
そう聞く茉琳に春奈はバスルームの中から
「そう。旅行に行くのが趣味で」
と答える。
「綺麗に撮れてる」
「ありがとう」
そう言ってバスルームから出てきた春奈は、壁際に寄せていた丸いクッションを掴んでテーブルのそばに置いた。
「座って」
茉琳は差し出されたクッションを受け取ると、腰を下ろした。
「大自然とか、そういうのが好きなの?」
春奈はうなずいた。
「色気ないでしょ?」
「確かにねぇ」
悪びれずに茉琳がそう言うと、春奈は笑った。
「今ね、こういう厳しい自然を見に行きましょうっていうツアーが多くて。でも、参加しているのはみんな元気なお年寄りばかりで、私なんかこの年で一番若かったりするんだ」
「へーえ」
「アンデスの高地で、私、酸欠状態になって、70過ぎのおばあちゃんに手を引かれて歩いたりして。こっちは死にそうなのに、彼女は全然大丈夫なのね」
「ハハハ、それって面白い」
「普通、逆だよね。……あ、シャワー浴びる? お風呂にするならもう少し時間かかるけど」
春奈が聞いた。
「お風呂につかりたい」
茉琳がそう言うと、
「じゃ、先にシャワー浴びてくるね」
と春奈は腰を上げた。
「パジャマとか、ガウンとか、このタンスに入っているから適当に着て」
「分かった」
そう言う茉琳に、春奈は手を振ってバスルームに消えていく。
春奈と交替して風呂につかった茉琳が出てきたとき、テーブルにはビールやウィスキーなどの酒やつまみが並べられていた。
「わあ、すごい。まめなのね、ハーちゃん」
「酒飲みは、酒を飲む段取りだけはうまいのよ」
春奈はそう言いながら、グラスにビールを注いだ。
「乾杯」
パジャマ姿の二人はグラスを合わせ、コクコクと喉を鳴らす。グラスをほとんど空にして、同時に大きく息を継いだ。そして笑い合った。
「なんか、オヤジだよね」
「私たちも、トシってこと?」
ひとしきりさんざめいた後、茉琳は鼻をヒクヒクさせた。
「あれ、お香を焚いてるの?」
春奈はうなずいた。
「よく分かったねぇ。ハーブをね、少し」
「何のハーブ?」
「フフ、私独自のブレンド。何が入っているかは、ヒミツ」
茉琳のグラスにビールを注ぎながら、春奈は答えた。
「ふーん」
茉琳は、テーブルに頬杖をついて、春奈が自分のグラスにビールを注ぐのを見ていた。
「こんなふうに夜、女同士で飲みながら話し合うなんて、いつ以来かなぁ。大学の卒業旅行以来、か」
春奈が酔眼でウィスキーのグラスを眺めながら言う。時計の針は11時を指そうとしていた。
「どこに行ったの?」
「飛騨。雪がいっぱい積もってた」
「もしかして、その頃から、サバイバル系?」
茉琳もウィスキーを飲んで、心地よく酔っている。
「ちっとも。だって、サバイバルでも何でもないじゃない」
「そうか、アハハ」
春奈は、上を見上げて笑う茉琳の姿をじっと見ていた。
「そのときに一緒に行った子がね、マリンと同じ雰囲気なの、顔とかはもちろん違うけど」
「ふーん」
「好きだったの。その子のこと」
「え?」
聞き違いか、あるいは戯れか。春奈の真意を測りかねた茉琳がポカンと視線を向けると、手をついて身を寄せる春奈の顔がすぐそこにあった。
「うっ、くっ」
ぷっくり膨らんだ温かな唇に覆われたかと思うと、濡れた舌が茉琳の口内の粘膜を撫で始める。深く息を吸い込んだとき、躯の中心に小さな肉欲の炎が灯った感覚がした。