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壁時計
【熟女/人妻 官能小説】

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壁時計-14

彼女の後ろ姿を見送りながら、茉琳は、危機一髪だった、と思った。あのファイルをめぐって、何か社内に動きが出始めているのかも知れない。ドキドキしながらシュレッダーの前に立った茉琳は、ポケットから箕田からのメモを取り出し、放り込んだ。ジャルッという音とともにメモは破砕された。茉琳は、シュレッダーの扉を開け、くず箱を少し取り出すとダストを手でかき混ぜた。そして、安堵のため息をついた。


「おう、狩野君じゃないか、ちょっとちょっと」 

 いきなり岡部の胴間声が鼓膜をビンビン震わせる。レストランの奥の個室に続く扉を開けた茉琳は、愕然とした。それまで、春奈の部署と岡部の存在が結びつかなかったからである。全く想定外であった。
 しかし、岡部はそんなことは気に介しない。

「狩野さん、突然の話なんで申し訳ないんだが」

 胸の前で手を揉みながら、岡部はひそひそ話をするように顔を前に突き出した。茉琳は反射的に上体を後ろに反らせる。岡部の額が妙にテカテカと光っている。

「君に、我が社の商品の広告モデルになってもらおうと思っているんだが」

 岡部はそう言って、上目遣いに茉琳の顔を見た。

「広告のモデル、ですか?」

 茉琳は聞き返した。岡部は茉琳の顔を見つめたまま、無言でうなずいた。

「なぜ、私なんですか?」

「社長の意向なんだよ」

 間髪入れず岡部は答える。

「そういうことをやるとは、派遣契約に入っていませんが」

「もちろん、これとそれとは別個の話だよ。報酬も別に払うから」

 茉琳はこめかみを押さえて黙り込んだ。訳の分からない話で何かを考えること自体ができなくなっている。来るんじゃなかった。茉琳は後悔した。一方、岡部は、顎を上げてふんぞり返るような姿勢になった。

「とにかく、ちょっと考えさせてください」

 そう言う茉琳に岡部はまだ何か言いかけたが、ちょうどそのとき、背広の内ポケットの電話から着信音が鳴り始めた。

「はい」

 電話に出た岡部の顔が、だんだんと怪訝そうになる。眉間に皺を寄せて相手の話を聞いていたが、

「今更、それが何だと言うんだ。よし、今から帰るから、ちょっと待て」

と怒気を含めた声で言い、電話を切った。もう茉琳のことなど眼中にないという様子でその場を離れ、グループリーダーのいるところに寄っていくと、辞去を告げ、そそくさと会場を飛びだしていった。
 ようやく茉琳は会場を見渡す余裕ができた。ビュッフェスタイルで、壁際に椅子が並んでいる。参会者は、テーブル近くで飲み食いをしたり、椅子に座って話し込んだりしている。すぐには、春奈がどこにいるかわからない。

「狩野さん」

 後ろから声を掛けられ振り向くと、浜本が立っていた。

「あら」

 目を丸くする茉琳に、浜本は満面の笑みを投げかけてくる。

「何か嬉しいことでもあったんですか?」

 茉琳は聞いた。浜本はこっくりうなずいて、

「プレゼン、うまくいったんです。発注を出してくれたんです」

と上気した顔で言った。茉琳は胸の前で拍手をした。

「ああ、そうか、今夜はそのお祝いだもんねー。おめでとう、よく頑張ったねー」

「ありがとうございます」浜本は後頭部を掻きながら頭を下げた。「狩野さんのお陰です」

「はあ……」

 茉琳は浜本との夜を思い出して、生返事をしながら顔を赤らめた。浜本も、顔が赤い。酒に酔ったせいとは思えない。
 そのとき、

「マリン」

と声がして、茉琳は肩をポンと叩かれた。茉琳が振り向くと、春奈が浜本と茉琳を見比べながら

「あれ、知り合いなの?」

と聞く?

「ええ、この前の『ア・プリ・ドール』のときに、ちょっとお話ししてね」

茉琳がそう説明すると、浜本は

「じゃ、また」

と一礼して去っていく。同僚の一人が笑顔で彼に歩み寄り、二人はハイタッチをした。その様子を見ながら、春奈が

「マリン、彼に何かしたの?」

と聞く。

「ちょっとね、応援してあげたの」

 茉琳は、そう言って笑った。


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