『 肌 』-1
足元で地面が揺れた、と思った瞬間、突き上げるような縦揺れがきた。
夏山の変わりやすい天候に翻弄され、突然降りだした雨と深い霧で、どうやら道を間違えたらしいと、同行した友人と話していた矢先だった。
比較的、低い山とはいえ、頂上付近の尾根道で雨と霧に視界をさえぎられ、右も左もわからない状態で、この揺れに出くわしたらたまらない。
たちまち平行感覚を失い、雨で脆くなった路肩で足を滑らせ、とっさに友人の手をつかんだものの、逆に私に引きずられるかたちで、二人がもつれながら、急な斜面を滑り落ちていった。
〈死ぬな……〉
薄れゆく意識の中、何度も岩に身体を打ちつけながら、私は心の中でそうつぶやいた……
※ ※ ※
私の意識は、深い霧の中をさ迷い続けていた。
目覚めようとするたびに、押し戻され、引きずり込まれる……。
しばらくして、泥水のように濁った意識がわずかに澄んでくると、自分の手足の存在が感じられ、どこか平らな場所に寝かされているのがわかった。
干し草の匂いが鼻をつき、頬に当たってチクチクと痛い。
時折、誰かが乱暴に身体のあちこちを触り、怪我の具合を確かめていく。
苦労をして、わずかに目を開いてみたが、頭を強打したためか、光は感じるものの、白く濁った視界に、かすかに動く影がわかる程度だった。
〈助かったんだな……〉
突然、口をこじ開けられ、冷たい水が口腔を満たすのを感じた時、安心したのか、私はまた深い闇の中に落ち込んでいった……。
※ ※ ※
[介護者]は朝晩決まった時間にやってきた。
私に水を飲ませると、何か肉の塊を口の中に押し込んでいく。最初は食べられずに、吐きだしていたものが、2日目になると、何とか飲み下せるようになった。
視力もわずかながら回復しているようだった。物の輪郭と色がわかるといった程度だが、それでも心強い。
朝の食事が終わり、[介護者]が行ってしまうと、私は痛む身体を持ち上げ、赤ん坊が這うような姿勢で、手を前に突きだし、部屋の様子を探り始めた。
少し進むとすぐ壁につき当たった。
私は込み上げる不安を無理に押さえ込むと、棒が不揃いに並ぶ壁にそって、ゆっくりと部屋を一周してみた。
そして、その一周が終わる頃、私は自分の境遇が、決して安穏としたものでないことがわかった。
この部屋は檻だった。