『 Escape of Eden 』-1
突然、ショーウィンドが砕け散った。
撃たれた、と思った瞬間、 2発目、 3発目のビームが身体をかすめ、とっさに屈んだ俺の身体に、粉々になったガラスが雨のように降りそそいだ。
目の隅に何人かの男の姿をとらえた。
歩道を転がりながら、車列を横断する奴らの死角にもぐり込もうと、あわてて狭い路地に飛び込んだ。
路地を右に左に闇雲に走り抜ける。
収容所から逃げ出すことはそう難しくはない。ただ逃げ切ることが不可能に近いだけだ。こうして見つかったからには、遅かれ早かれ奴らに捕まってしまうだろう。
ゴミ箱や得体の知れない廃棄物につまずきながら、俺は都市の裏側へ、あてもなく逃げ込んでいった。
突然、路地が翳った。
見上げると、高いビルとビルの狭間で、四角く切り取られた青空に、数機の偵察艇が現れた。
脱走者一人にえらく仰々しい追跡だな、こりゃ……。
俺は廃ビルの裏口を蹴破ると、中に滑り込み、乱暴にドアを閉めた。
屋上に出るドアを開け、回りを見渡す。偵察艇の姿はどこにもなかった。
陽は西に傾き、街を赤く染めている。
2100年の大戦以後一世紀、時を重ねるごとに奴らの、我々に対する監視は厳しくなるばかりだ。
街の復興は遅々として進まず、大半が荒れるにまかせた、スラムと化していた。
あの戦いで人々は生きる希望を失ってしまった。たとえ生き永らえても、未来を持たない人間に、この街の再建など何の意味があるというのだろう……。
「そのまま動かずにいていただけますか」
突然、うしろから声をかけられ、振り向くと、一人の私服警官と数人のコマンドが銃を構え、俺を囲うように散開していた。
ビルの反対側からは偵察艇がその大きな姿を現した。
「たった一人のお出迎えにしては、こりゃあんまり派手過ぎやしないか」
俺は両手をおざなりに挙げながら、指揮官らしい私服警官に言った。
「××××.××××さんですね。ディック=ホバートソン法、第12条、M-4 項の行使により、あなたを保護します」
警官は事務的な口調でそう言うと、一歩、俺の方に踏み出した。
「撃たれたぜ」
俺は一歩あとずさった。
「保護の行使に伴う、正当な発砲です」
警官がそう繰り返すと、コマンドが一斉に俺を取り囲んだ。
「殺意ってもんを認めたらどうなんだい。おたくらは俺たちを厄介払いしたくてたまらないんだろうが!」
銃を突き付けて、乱暴に引き立てようとするコマンドを手で制して、警官が言った。
「あなたも 3原則をご存知なら、我々があなたを傷つけられないことは承知しておられるはずだ。それにあなた方はこの星の希望、未来であり、この地球を唯一治めることが出来る、選ばれた民の御一人。そう、新しい王家の始祖と言ってもいい。我々はそれに御仕えする従順なしもべにしかすぎません」
俺はそれを聞くと、突然、笑いの発作に襲われた。
立っていることが出来ず、身体をくの字に曲げ、息を吸うことも出来ず、激しく咳き込まなければならなかった。
「こりゃ傑作だ。ロボットが冗談を言うまでに進化したとは。もう遅かれ早かれ、この星はあんたたちのもんだな」
俺はそう言うと、警官の顔を睨みつけた。
夕日を浴びてキラキラと輝く警官の金属製の顔が、その時かすかに笑ったように見えた……