刃に心《第5話・ミッション名─デートを監視せよ》-3
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一方、作戦が水面下で着々と進行していることなど知らない二人はパンダの檻の前に来ていた。
「ほぉ〜…アレがパンダか…初めて見る…」
ゴロンゴロンと寝転がるパンダを好奇心に満ちた瞳で見る楓。いつもの凛とした表情ではないが、純真なその表情は見る者を十分に惹きつけるものであった。
「そうなのか?」
「ああ♪山暮らしが長かったから、実物を見るのはこれが初めてだ♪同じ熊でもツキノワとは違うのだな♪」
子供の様に目を輝かせてパンダを見つめる。
「可愛い…♪」
天井から吊り下げられたタイヤによじ登って遊ぶパンダを見て一言。
楓の意外な一言に疾風は一瞬驚きの顔をしたが、やがてプッと表情を崩した。
「な、何を笑っている!!!」
それに気付いた楓が叫んだ。自分でもらしくないことを言ったと分かっているのか、その顔は赤らんでいた。
「い、いや…な、何でも、ない♪」
ムキになる楓に疾風の表情がますます崩れた。手て隠し切れない口の端はプルプルと震えている。
「か、可愛いものを可愛いと言って何が悪い!」
完全に開き直った楓。だが、未だ羞恥心が残っている様なので順調に顔の赤みは増していく。
「い、意外だなって…♪」
「くっ…貴様…いくら許婚だからと言って…」
真っ赤になった楓は持っていた布袋に手を掛けた。途端に疾風の顔が青ざめる。赤と青の顔色。端から見れば結構面白い対比だった。
「ちょっ…待って!それはダメだろ!」
布袋は細長く、楓の性格というかキャラを知る疾風にとって中身が何であるかなど百も承知であった。
「案ずるな…今日は真剣では無い♪」
ニヤリと微笑み、布袋の口を開いた。疾風の目には卵型の茶色の何かが映った。それが木刀だと分かるのにそう時間が掛からなかった。
「もっとも、私の腕をもってすれば木刀でも真剣と同様に扱えるが…」
楓がさらっと危険なことを告げる。一度、楓と殺り合った疾風にはそれが嘘であるとは思えなかった。
「すみません…」
おとなしく平謝り。疾風だって何の装備も無しに楓と対峙するのは避けたかった。
「…分かればいい」
木刀の柄から右手を離した。ふぅ…と疾風が安堵の息を漏らした。
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「目標は?」
「現在、パンダ前であります」
ノートパソコンを開いたヒロシが言った。
モニターには動物園の見取り図が表示され、パンダと書かれた四角の前に、『KAEDE』と示された青い光が点滅している。
「兄貴には発信機が付けられなかったけど楓ねえさんのは感度良好みたいね…よし!プランα、スタート!」
その声に呼応する様に、モニターに新たな赤い光が宿った。その光には『CHINPIRA』と示されていた。