『梟を彫る男』-2
事件から二ヶ月がたった頃、ひょっこりガウが現れた。
その姿を見て、私は驚いた。痩せていた身体は益々枯れた枝のようになり、髪と髭は伸び放題で、熱を帯びたような潤んだ瞳だけが、じっと私を見つめている。
何か言いかけた私を手で制して、見せたいものがあるんだ、とガウは言った。
ガウの部屋には、人の背丈ほどもある木彫りの梟……らしきものがあった。
顔は扁平で、目は中央に寄って大きく、嘴が尖っている。
翼のようなものはなく寸胴で、鉤爪は異様に長い。尾羽根のかわりに蛇のように鱗のついた太い尻尾が長々と垂れていた。
「これはフクロウかい?」
「いや、………だよ」
ガウは聞き慣れない異国の言葉でその梟の名前をいった。
その名前を聞いた途端、私は何か禍々しく不浄なものに触れたような気分がした。
「昔、一度だけ彫ったことがある……」
ガウは部屋の隅にある椅子に腰掛けると、床を見つめ、ポツリポツリと話し始めた。
「ボクには妻がいた。愛していたんだ。心の底からね。そしてその妻を見知らぬ男に奪われた時、ボクはその男のためにこれを彫った」
かすれて、切れ切れにつぶやく声が痛々しい。
「今度は、あなたとあなたの娘さんのためにこれを彫るよ。それを知っていて欲しかったんだ、それだけだよ」
ガウは立上がると、もう私の姿など目に入らないという感じで、小刀を手に一心に梟を削り始めた。
ガウは自分の妻を奪った男と、娘を殺した犯人とを重ね合わせ、心の奥にまだ消え残る、遠い昔の怒りや憎しみを、この梟に刻みつけているに違いなかった。
私は何も言わずその部屋をあとにした……。
しばらくして、ガウはその梟共々、部屋を引き払い、突然私たちの前から姿を消してしまった。
後日、テレビの報道で、娘を殺した若者が、夜中に何か得体の知れない動物に噛み殺されたことを知った。目撃者はなく、わずかに、鳥の鳴き声らしきものを聞いた者がいるだけだった。
死因は身体中についた無数の噛み傷による、ショック死だった……。
そして10年経った今も、私はこの店で常連に珈琲を出し、無駄口を叩いている。
ガウがあの時のように、不意にドアを開けてこの店に現れることがあったら、娘が焼いた陶器のコーヒーカップに、熱い珈琲を淹れてやるつもりだ。
そして、その時はきっと、話すことが、お互い、山ほどあるに違いない……。
End