『凛』王朝〜英雄〜-2
『ねえねえ、今日は何教えてくれるの?』
『お仕事終わったの?』
子供たちは、間髪入れずに黎たちを質問責めにする。ここの子供たちにとっては、黎たちは‘殺し屋’ではなく、強くて優しい‘英雄’だったから。会える事さえも、最高の幸せなのだ。
黎にとっても、この村は居心地が良かった。ここなら‘殺し屋’の自分を忘れられる。一瞬でも‘英雄’になれる。自分がその昔望んだ夢を、少しだけでも思い出せる、そんな場所。今の自分が嫌なわけじゃないが、この村の中の位置付けの自分も嫌じゃなかった。
『じゃぁー、今日は俺が教えてやる!小刀の投げかたとかどうだ?』
『わー、やるやる!』
龍が子供たちを木の前に連れて行き、手取り足取り丁寧に教える。
悠は、体の悪い老人などに薬を配っている。
遼と猛は、取ってきた銃と剣を見せびらかしているようだ。
そんな様子を少し微笑ましく思いながら、黎は、村の中心に位置するやぐらを登った。やぐらの上には、村長の家がある。
『村長?黎です。』
簾の前から、中にいるであろう村長に呼びかける。
『おお…、黎か。入りなさい。』
『はい。』
簾の向こう側には、いかにも育ちの良さそうな気品のある老婦人が、座っていた。黎はその姿を見て、顔をほころばせる。
『黎、よくきてくれたね。子供たちがさぞ喜ぶよ。』
『いいえ、平気です。それに、芳洵(ほうじゅん)様にもお会いしたかったし。』
『そう呼ぶのはお止め。もう王宮には仕えていないのだから…。』
『いいえ、私にとってはいつまでも、‘芳洵様’です。』
『ははっ、そうかそうか。それは、光栄な事だ。』
二人とも自然に笑顔になる。ここは、唯一黎が穏やかな気持ちになれる場所なのだ。というのも、この芳洵は、元々王宮に仕えていた人間だった。前王凛王にはその美しさと気品から寵愛され、城に仕える官僚たちからも慕われた。と同時に芳洵は頭がとても良かったので、わずか3歳で連れてこられた黎の勉強面での教育も任された。黎が稽古で怪我をすれば治療してくれた。日本人としての自分と中国人としての自分の運命に苦しめば、優しく諭してくれた。そう、黎にとって芳洵は一番の心の拠り所であり、母親のような存在だった。
『最近はどうだい?二世は元気かい?』
『はい、とても』
芳洵が煎れたお茶を差し出し、黎は軽く会釈してそれを受け取る。
『そうか。だが、あの我がままな性格は治らんだろうなぁ。お前たちはどうだい?』
『相変わらずですよ。休みの日には、稽古したり手合わせしたり、各々で何かやったり…。王命が下ればどこにでも出向きますし。』
『まだ殺しをしているんだね…。』
『それしか私たちには生きる術がありません。』
黎の言葉に、一瞬芳洵は寂しそうな顔をした。深くため息をついた後、
『いいかい黎、よくお聞き。』
芳洵は神妙な面もちで言葉を吐き出した。
『人にはね、死ぬときが定められているんだよ。何故だかわかるかい?この今ある命は、神様がくれたものだからさ。けど本当はくれたんじゃない。借りている、んだよ。神様の大きな大きな命からほんの少しの命を貰って、私たちは生きているんだ。だから、各々死ぬ‘時’は神様に既に決められている。自然に、連れてゆかれるんだ。それに逆らい、人の死期を狂わせば、それなりの罰が下される。お前たちが殺した数多くの人間は、神様の元に戻れなくなって、一生この世を彷徨う羽目になる。王命だからといって、いつまでこんな事続けるんだい?』
慕う芳洵から投げかけられた言葉に、黎は返す言葉もなかった。