『 賭け 』-2
「古い言い伝えに、『合せ鏡の悪魔』というものがあるのを知っているか。鏡をこう向かい合わせて置いておくんだ。するとある時間が来ると、無数に連なる鏡の向こうから悪魔がやってくる、というものだ。その悪魔を捕まえると望みが叶うというし、ある地方では、その悪魔を見た者は、その悪魔にとり殺されるとも言う」
私は鏡の位置を調整すると、時間を確かめ、男の前にまわり、その目を覗き込んだ。
怯えて血走った目が睨みつけてくる。猿ぐつわを噛む口の端からよだれが一筋伝い落ちた。
「さて、ここで一つ賭けをしようじゃないか」
私は繰り返し言うと、もう一度時計を見た。
古い書物に記された《ある時刻》がやってきた。
「明日の朝まで、あんたが無事なら、その縄を解いて自由にしてやろう。その後は、私を、誘拐、監禁、傷害、好きな罪で訴えればいい。逃げも隠れもしない」
男は信じられない、といった顔で左右の鏡を見比べていたが、ふと、何かに気付いたかのように、目を細め、鏡の奥を覗き込んだ。
次の瞬間、弾かれたように身を強張らせ、目を見開き、声にならない嗚咽を漏らし始めた。
私はそれだけ確認すると、静かに部屋を出て、そっとドアを閉めた……。
End