『 Message 』-2
「君も知っているように、君達の頭脳は電源の供給が断たれた瞬間にメモリーを初期化するようプログラムされている。これは法律で決まっていることだ。奥さんも事故直後の状態で救助を待てば、意識を保ったまま助け出された可能性も、わずかながらあったのに、彼女はそうしなかった。ありったけのパワーで残ったメモリーを走査し、必要と思われる情報をすべてこのチップに記憶させたのさ。そして、その為に彼女の『命』は数分しか保たなかった。私が自殺と言った意味がわかっただろう?」
私は震える手で――バカな!ロボットの手が震えるはずがないじゃないか――チップを受け取ると、髪をかき上げ、こめかみのスロットにそのメモリーチップを挿入した……。
最初に浮かんだ映像は窓辺に立つ私の後ろ姿だった。
次は海をバックにした二人の写真。居間でギターを弾く私、チェス盤の前で考え込む私、本を読む私、事件の通報に飛び出していく私、散歩中の私の横顔、そして私の寝顔、私、私、私、私、……
妻の声が、耳の奥で蘇る。
「あなたを愛してる。あなたを愛してる。人間みたいにこの言葉を体感出来たら、どんなに幸福でしょう。忘れないで、忘れないで、あなたを愛してた私がいたことを。さよならの辛さもわかるといいのに。人間になりたかった。あなたを愛してる。あなタヲ、アイシテ、ル。ワスレ、ナイ、デ。ワス、レ、ナ、イ、デ……」
妻の傍らに立ち尽くしながら、私は手で顔を覆った。それがただ人間の仕草をコピーしただけだとしても、そうせずにはいられなかった。
この時代。
人間とロボットが、見掛け上、一つの種族のように、共存を余儀なくされた、この時代。
結婚も、何もかも、すべて形式的なパフォーマンスにすぎなかったはずなのに……。
あまりの過負荷に、フリーズしそうな頭の片隅で、私は繰り返し、繰り返し同じことばかり考えていた。
どうしてロボットは泣けないのだろうか……と。
End