『月を見る者』-2
荒れ狂う殺戮の夜を幾つも越え、絶望の果てに逃げるように地球を捨てた。月面に安住の地を見つけた今の私に、復讐などできるわけがなかった。
しかし決して許すことも出来ない。
私に残された方法は一つしかなかった。この月を離れ、この月を見る。それだけだった……。
シャトルは月を半周したあと、地球に向かうコースをとった。後戻りは出来ない。私は気を落ち着かせるとシールドを上げ、窓から外を見た。
その瞬間、身体の中で細胞の一つ一つが燃え上がり、蠢き、急激に膨れあがった。
くいしばった歯が牙状に伸びはじめ、爪が鋭利な鉤爪に変わる。身体中の皮膚から剛毛が生え、筋肉は隆々と盛り上がり、知らず知らず、遠吠えとも、悲鳴ともつかぬ声がシャトルの機内に響き渡った。
私が『私』でいられるのはあと数秒しかない。
数百年続いた一族の、最後の一人が今、変身を終え、狼に変わろうとしている。
気の良いトービィや他の乗客を巻き込まずに、コックピットまで行けるだろうか、それだけが気掛かりだった。
消えていく意識の中で私はもう一度、外を見た。
40年振りに見る月が、青白い光を放って、冷たく、静かに浮かんでいた……。
End