恋心粋〜喰花〜-1
「ええか。処女は、あんたの価値を高めてくれはる人に捧げなさい。決して自分を安売りしてはあかんえ」
小さな頃から言葉を変えつつ、美しい母は私にそう躾けてきた。
元は芸妓だった名残か、その京言葉混じりの教えは、いつの間にか私の心髄となった。
女の身として、この伝統芸能の家系に生まれたからには―――…。
若月弥花(わかつき・みか)、観水流シテ方能楽師。
凛とした貌と気性の激しさは祖父譲り。『棘を纏い咲き綻ぶ花』の如く、小柄ながらもダイナミックな舞を得手とし、現在17歳。
「なんで私がドライブに付き合わなきゃなんないの!?」
学校帰り、若月家の正門先で仁忍と鉢合わせたのが運の尽き。否応なくポルシェに乗せられたのだ。
しかも、母の了解まで!
「亜蓮いないし〜。それに、お前とも久しぶりだしな!」
笑いながら運転席についた仁忍は、弥花の頭をぐしゃと撫で回した。
「もう!やめてよ!相変わらずね、こ〜〜んの触り魔っっ!!」
ご機嫌な仁忍の横で、ご機嫌斜めな弥花。
そして、乱れた髪を手で梳きながら諦めの溜息を吐く。
(こいつは昔からそうだ…)
片山仁忍(かたやま・しのぶ)、21歳。歌舞伎役者・美羽屋こと八代目・菊地丞之助(きくち・じょうのすけ)。
去年から1年かけての襲名披露興行を終え、ようやく東京に落ち着いたところだ。
2歳上の兄・亜蓮の親友で、いつもいつも大柄な仁忍は小柄な弥花をからかうばかり。
会うたびに喧嘩腰になる自分が嫌で嫌で…。
―――癪に障る奴!
「…お前、なんで髪切ったんだ?」
赤信号時、仁忍は腕を伸ばして弥花のショートヘアに触れた。
「触んなって!」
退けたくても、リーチは仁忍の方が勝る。
「あんなに長かったのになぁ…訳ありか?」
「別に何もないって!」
(…嘘だ…)
弥花は心の中で呟いた。だが、腰まであった切掛を大袈裟にもしたくない。
「ふ〜〜〜ん…」
青信号になっても、仁忍は触る手を止めない。それどころか、弥花の耳朶へ首筋へと下りてゆく。
「どこ触ってんのさ?」
むず痒い感覚と一緒に振り払った右手は、何故か弥花の左腿に落ちた。
その行方を、ちらりと目をやる仁忍。
紺色の制服スカートから伸びた足。視線を上げれば、無地のブレザーに白シャツ、ボルドーのタイで隙もない弥花…。
短くなりすぎた髪が、逆に顔の輪郭を際立てる。
(…くそっ、見ないうちに綺麗になりやがって)
仁忍の背筋に小波が走る。寄せては返り、肛門をかすめてゆく。
股間が熱を帯び始める。
…視界すら霞みそうだ。
遠くで黄色が点滅して赤に変わる。
仁忍は車のスピードを落として、渇望に疼く手を滑らした。