『凛』王朝〜中国と日本〜-2
それから数日後だった。気付けば、黎は一人で電車に乗り、王宮に着いていた。母親は、途中の日本村で『迎えに行くから』と言って降りていた。黎は、その時わずか3歳。その後すぐに今の王に会い、殺し屋としての能力をたたき込まれ、やがて‘日本人の黎’は消えていった。黎は頭が凄く良かった。感受性も、鋭かった。ほどなくしてすぐに母親に捨てられたということを悟った。他の4人の日本人の男の子が来てからは、尚更だった。
苦しかった。悲しかった。憎かった。
日本人はなぜあんなにも弱いのか。自分をこんなふうにしたのは誰だ。人間はなんて下らないんだ。どうして歴史を繰り返すんだ。憎くてたまらない。日本が、人間が!!
それからは血みどろの日々だ。母親への復讐心と、憎しみだけが、自分を動かしていた。殺しは途中からどうでもよくなった。どうせ、人などあっけなく死んでしまうのだから、と。
気がつけば、ほとんどの人間が倒れていた。精神は過去に飛んでいても、手は人を殺すことを覚えてしまっていた。黎はゆっくり後ろを振り返る。ずっと先に小さな女の子が立っていた。3歳くらいか。よくわかっていないような、けれど怯えた悲しい目をしている。
『お、お姉ちゃん。これ何…?みんな、どうしたの…?』
黎は何も答えない。ゆっくりと少女に近づいてゆく。
『おねえ』
ザシュッ!
心臓から一突きだった。少女はゆっくりと倒れた。
『悪いね、お嬢ちゃん。あたしは、殺し屋なんだよ。』
黎の目には、もうあの日の迷いはなかった。
ずっと後に、長官がある女官に話しているのを偶然、聞いた。なぜ、日本人に殺し屋紛いの事をさせるのか。本当は、それまではどこかで信じていた。日本という国を、人の中に眠る優しさを、あの人をーーー。けれど、それはその時全て打ち砕かれた。長官によれば、中国軍は戦争やよほどの内乱にしか赴かないらしい。しかし、黎たちは違った。本来なら殺さなくてもいい人間まで殺させられる。それは、黎たちを『救世主』ともてはやしながら、裏では『日本人』だからと蔑んでいるということだった。聞けば、日本にはもう独立国家に戻れる可能性は殆どないと言う。しかし、もし戻れる可能性があるのなら、少しでも欲しい、と唯一金になる子供を売り渡すのだ。その子供の親にも莫大な金が入る。金に目のくらむ日本人は、すぐに子供を売り渡す。聞かなければ、その親を殺してでも、売り渡す。
『同じ祖国の人間を殺すのだ。そこまでして金をほしがるのだ。奴らは、頭のない心のない虫けらと一緒だ。外道へと、落ちたのだよ。』
あのとき言った長官の最後の言葉が、なぜか今も耳に残る。黎は、‘日本人’の自分を消したかった。‘中国人’の自分になりたかった。あまりにも祖国が憎かった。自分は虫けらなんかじゃない、そう思いたかった。だから黎は、祖国を捨てた。わずかに残っていた人間らしい心さえも。
突き進むしかないんだ。ここまで来てしまったのだから。憎しみは未だに消えない。だったら、殺すしかないじゃないか。自分の過去を消すために。新しい自分を作るために。あの日の自分などいらない。全てを抹殺しよう。それだけが、自分を守り、あの人を許す唯一の方法なのだからーーーー。
第三話〜英雄〜へ続く。