深紅の新薬・人体実験-4
どのくらいの時間が過ぎたんだろう…身体がすっかり密着する頃、やっと止めていた息を吐き捨てる。
『はぁ…はぁ…』と苦しそうに呼吸を繰り返す俺に、彼は優いキスを何度も浴びせた。
自分がどんな格好をしているのか、何が起こっているのか…考える余裕もなく、ただ、体中で感じているのは、今まで排出する為の器官だと思っていた部分に埋め込まれたモノの違和感と、『大丈夫?』と言いながら俺の髪の毛を撫でている水野さんへの奇妙な想い…。
何故か零れる涙。溢れる言葉。
「わかんないよ…何がなんだか…どうしていいのか…わかんない」
「奏太…泣くなって……ごめん…悪かった…」
消えそうな声でそう言った水野さんが、俺から離れようとする。
俺は、無意識にその離れようとする身体にしがみつき、力いっぱい手繰り寄せた。
「奏太?」
「違うんだ…違うんだよ、俺…何でこんなに感じてるんだよ…何で水野さんならこんなことされても嫌だと思わないんだよ…何で…もっとこうしていたいって思うんだよ…コレも全部さっきの薬とドーパミンってやつのせいなの?」
見上げた水野さんの顔は、やっぱり優しく微笑んでいた。
そして、俺の、汗で濡れた髪の毛を額から拭い取って、チュッと音を立ててキスをする。
『ずっと好きだったんだ。出逢った時からずっと…』甘く囁くその唇に自分から唇を重ねた。
そして…下肢の間の昂ぶりを握り締められ、繰り返されるゆっくりとした律動…
「あぁっ…んっ!…」
突かれる度に唇から漏れる自分の声を恥じる余裕が、俺にはもうなかった。
身体の奥の奥のほう…一点を集中的に翻弄されると、熱くなった体は、もっと先の快感を求めてしまう。
「あっ…もっ…ダメ…」
「まだだよ」
と上り詰めようとすると、根元を掴まれ、行き場を失った欲望が『助けて』と叫んで、俺は、はぁ…はぁ…とあつい溜息を天井に向かって吐き出す。
そうして、ただただ、激しい動きに身を委ねていた俺は、彼の限界を洞壁に感じた時、緩められた彼の手のひらに我慢していた白濁の欲望を吐き出した。
「うぅ…」
俺は、布団に包まって苦痛に唸り声をあげていた。
「ごめん、ごめん」
『ごめん』とは言葉ばかりで、とても嬉しそうに俺の頭を撫でている水野さん。
「何がごめんなんだよぉ!」
「何って…色々ありすぎて…まずは、無理させちゃったから熱が出ちゃったみたいだ。それから、あの薬、『脳内ホルモン活性剤』なんて嘘だ。中身は乳糖。つまり偽薬だ。勿論、治験の話も嘘。僕は、初めから君を騙すつもりだった」
「…」
ギュッと布団を掴んだ手に力が入る。
最初から騙すつもりだった…全部嘘だったんだ…
「でも、治験の話、半分は本当かな?だって、僕が君を手に入れるには、ノルアドレナリンもドーパミンも必要だった。素(す)で君が僕の手の中に落ちるとは思えなかったからね。まぁ、実際は失敗だったけど…苦しい思いをさせただけだったね。本当にごめん。でも、唯一本当なのは、俺の気持ち。あの路地裏に入っていく君を追って行き、君が強姦されそうになっているのを見つけた時、アイツ等に対して本気で殺意を持った。その時僕は、本当に奏太のことが好きだと思って…そう思ったら、もう止まらなかった。すまなかった…許してくれ」
頭を深々と下げる水野さんがなんだか小さく見えて、胸がキュッと軋む。
「許さないよ」
頭まですっぽりと布団の中に埋めこんで俺は怒鳴った。
水野さんが、はぁっと小さく溜息をつく音が聞こえる。
「許さない…あんたは、俺に『脳内ホルモン活性剤』という薬を飲ませた。…だから、水野さん、あんたはずっと脳内ホルモンの人体実験を続けていかなくちゃいけないんだよ…俺が許してあげるって言うまでね」
「奏太…おまえ…」
熱く名前を呟く声が聞こえ、布団ごと抱き締められる。
薬液の染み付いた心地いい匂いが、ふわりと俺を包み込んだ。
息苦しくなって顔だけ出すと、彼のあの無邪気な顔が飛び込んできた。
「『脳内ホルモン活性剤入り』の偽薬カプセルを沢山作らなくちゃいけないな。忙しくなりそうだ」
顔が近づき、目を閉じる、そっと重なる唇…二人は顔を見合わせて笑った。