心理学的『性的興奮』のススメ♪-4
月明かりをバック、シルエットしか写らない。そんな浩志がどんな表情をしているか、俺には全くわからない。
「浩志、勝手に入ってくんな。今から笠間達が来るんだ。邪魔だ。出て行け」
「嫌だ」
『嫌だ』と即答された俺は、頭にきて、生意気な浩志を『言葉の暴力』で叩きのめしてやろうと、慌てて状態起こそうとした。
しかし、その体は、起きる間もなく押し戻さた。『ガシャッ』という乾いた音と共に、ベランダの柵に押さえつけられた俺は、見上げた時に飛び込んできた、浩志の険しい表情にドキッとする。
「痛いんだよ。離せって」
「…ヤダ」
「なんで、そんな怖い顔してんだよ?」
「…」
「なんで…そんな辛そうな顔してんだよ?」
「…」
「なんで、そんな……」
「……」
言葉を失ったふたり…。
恐ろしいほどの静けさの中、気付くとどこからかピアノの音が聞こえてくる。
音楽の授業で鑑賞した、確か…
「『月の光』。ドビュッシーの『月の光』だ」
先に答えを導き出した浩志が空を見上げる。
つられて夜空を仰ぐ。俺の目に、青い三日月が飛び込んできた。
「『月の光』…きれいな曲だな」
無意識にそう呟いた、その瞬間。俺は奈落の底に突き落とされる。
俺の両手のひらを強く掴んだ浩志は、その手を持ち上げ、俺の手と一緒にベランダの柵を握り締める。
突然の出来事で、逃げることも叫ぶことも出来ない俺の見開いた目に浩志の顔が降ってくる。
重なった唇の感触。グッと力の入った手の痛み。息苦しさに遠くなる意識…。
再び『カシャッ』と小さく柵が軋んで、俺から離れた浩志。
「和哉の目の中に、月が浮かんでる。すごい綺麗」
と言って、優しく笑っている。
「おい浩志!今、おまえ、俺に何した!!」なんて俺は、自分が大騒ぎすると思った。
なのに何故か、現実の俺は、毛頭そんな気は起こらず、冷静に浩志を見上げていた。
「なんで…怒らないんだよ」
当然、おまえはそう聞いてくるだろうと思ったよ、浩志。
「怒ってほしいのか?」
「そうじゃないけど、いつもみたいに、バタバタ暴れて大声で怒鳴ってくれなきゃ、拍子抜けするじゃん」
「そうだな。でも…おまえが、あんまり辛そうな顔してたから…」
浩志の顔から笑顔が消える。
「俺、自分でもわかんないんだ。何で和哉のこと、こんなに追い回してるのか。嫌われてるのもわかってる。なのに、毎日毎日、気が付いたら、あんたのことばっか考えてて…なんでだろう。なぁ、何でだと思う?教えてよ…」
俺の肩に顔を埋めて、ガックリと肩を落す浩志。
俺は、なんだか、彼の気持ちが痛いほどよく分かった。
何故だろう…その心の嘆きが、触れた肩越しにチリチリと伝わって、俺の心臓は張り裂けそうだった。俺は、ギュッと、浩志の背中を抱き寄せた。浩志の体が、ビクッと震えたのがわかった。