心理学的『性的興奮』のススメ♪-2
古文の田崎が始業の挨拶も早々に『諸君に朗報だ』とニヤけた顔で話し出す。
「ある心理学者の実験で『吊橋を渡っている最中に女性に声を掛けられた男性と、渡り終えた後に声を掛けられた男性とでは、渡る最中に声を掛けられた男性のほうが、性的に興奮している』という実験結果がでた。つまり人は、「恐怖」から来るドキドキと「恋愛」のドキドキを区別できないということだ。例えば、『お世辞にもイイ男とは言えない野球選手がモテモテ』というのがいい例だ。人は、野球を観戦している時の興奮とその選手に対する恋愛感情を区別できずに「あの選手が好き」と思ってしまう。と、言う事はだ。恋人を作るにはただ、ドキドキさえあればいいということだ。諸君が好きな人を振り向かせたいと思うなら、一緒にジョギングをするか、背後からそっと近づいて、ワッ!と驚かせば、相手はたちまち君の虜になるわけだ。」
俺は、肘をついて溜息をつく。
何が『朗報』だ。そんなことで人間が恋に落ちてるんだったら、毎日あの手この手で浩志にびっくりさせられている俺はどうなるんだ?
その心理学者の言う事が本当なら、とっくの昔に俺は、彼の虜になってるはずだ。…アホらしい
俺はそう思い、フンッと鼻で笑った。
その時、背筋からゾクゾクと悪寒が這い上がってくる。俺は、殺気にも似た熱い視線に悪寒を感じ、固まる。
廊下側の窓から誰かが俺を見ている。
この絡みつくような視線…間違いない。…アイツだ。
「あっ、コラ!井上。またお前か。授業中だぞ早く自分の教室に戻りなさい」
「はぁ〜い、先生。ひとつ質問。その原理は、異性じゃなくて、同性でも成立するのでしょうか」
窓の桟に片肘をついて、もう片手を高々と挙げてそう言う。
「性別は関係ないんじゃないか?」
「ふぅ〜ん…なるほどね…わかった。先生サンキュ」
そう言い残すとパタパタパタ…スキップでもしているかのような軽やかな足音が遠くなっていく。
「和哉…大変なことになっちまったかもな大丈夫」
血の気の引いた青い顔で、完全にフリーズ状態の俺を痛ましそうに見つめる笠間。
―カコン…―
「ご愁傷様…」とクラス中の視線が俺に向けられる中、俺の手から、シャーペンが落ちる音だけが、静まりかえった教室に響いたのだった。