『意外な動機』-1
2105年の秋の夕暮れが、薄暗い取り調べ室の窓から差し込んで、うなだれた容疑者の背中を赤く染めていた。
刑事は強化ガラスで出来た嵌めごろしの窓から、通りを音も無く疾走するエアカーの流れを眺めながら、ぼんやりと考えていた。
怖いほどのスピードで科学は進歩し、全世界規模で文化が成熟の道を歩んでいても、人はあいかわらず誰かを殺し、物を盗み、終わりのない騙し合いを続けている。
我々のような警察機構が、いつか形骸化するような犯罪のない世界は、本当に実現するのだろうか……。
容疑者の女は殺人の容疑で逮捕、拘留されていた。
逮捕された時点で殺人の事実は認めており、身元も自供、指紋等からなんなく割り出せたものの、その他、被害者との関係、動機については固く黙秘を貫いていた。
女の前に座った同僚が、再度事実の確認をとる声が取調室に響く。
「2105年10月15日、深夜11時、被害者宅のマンションに押し入り、格闘の末、首を締めて殺害。被害者の姓名は×××××、25歳。コンピュータ企業にプログラマーとして勤め……」
そう、そしてずば抜けた美貌とスタイルで、大企業の御曹司との婚約話も進んでいた。刑事はこの容疑者の女と被害者の接点が、まったくないことに、不思議な違和感を覚えていた。
その接点が発見されたのは、取り調べも終わりに近付いた頃だった。真っ赤な顔で飛び込んできた、新米の刑事が差し出した一枚のメモを受け取ると、刑事は目を走らせ、納得したように深い溜め息をついた。
平和な時代、犯罪のない時代など来るはずはないのだ。日々進化するこの世界が、新しい、今までにない犯罪を、動機を、産み出し続けるのだから……。
メモを握りつぶし、同僚に替わって女の前に座った刑事は、優しいとも言える口調で話しかけた。
「きみがオリジナルなのか?それとも……」
それまで黙っていた女が、突然立ち上がると、睨みつけるようにして叫んだ。
「私よ! 私がオリジナルよ! 私に決まってるじゃない。2080年に無作為抽出で選ばれて、ルレンジ協約にもちゃんとサインしたわ! 私が私なの! あいつはただのクローンなのよ!」
「そして、動機はその顔なんだね」
刑事がそう言うと、女は崩れ落ちるように、机に突っ伏して泣き始めた。
女の顔は左半分が焼けただれ、醜くケロイド状になっていた。5年前、勤めていた半導体工場で爆発事故にあい、一生火傷を隠すマスクと紫外線除けのサングラスで過ごす暮らしになった。
2人の接点など一目でわかるはずだった。加害者と被害者は、本来なら瓜二つの美しい顔をもっていたはずなのだから……。
嗚咽の向こうから女の押し殺した声が聞こえてきた。
「私が私なのよ! 私がこんなに醜くて、私の髪の毛一本、皮膚の一片から生まれ、培養槽の中でアッと言う間に大きくなった怪物が、どうしてあんなに美しくて、幸せそうに暮らせるの? 」
25年前、わずかな金と引き換えにクローン開発に協力した女。その当時、匿名ではあったが、大々的に報道されたのを、刑事も覚えていた。
「許せなかった! 許せなかったのよ。私が本物の私なの。あいつの人生は私のもの。あいつの顔も私のものなのよ! 私が私なの! 私が、私が、私が……」
End