刃に心《第2話・記憶というものはあやふや》-1
「………」
「………」
「………」
「………」
緊張感溢れる和室で向かい合う家族…
「………」
その前に模範的な正座で座る謎の女剣士。傍らに居合刀を置いたその姿はあまりに堂に入っていており、武道場に飾られていてもおかしくなさそうである。ただ、もう一つ傍らに置かれたデカい旅行用鞄がものすごく場違いに感じられる。
彼女が此所にいるのは、とりあえず話を聞く為に疾風が家に連れてきたのだ。
《第2話・記憶というものはあやふや》
◆◇◆◇◆◇◆◇
微妙な空気が流れている。寒くも無く、暑くも無い。しかし、じっとりと肌にまとわりつく嫌な感触。
「…兄貴もやるね」
霞がボソッと耳打ち。
「…何処で捕まえたの?こんな美人」
「…知らないよ…」
疾風自身びっくりなのだ。殺し屋に狙われたことはあっても、美人の殺し屋に狙われたことは無いし、さらに言えば女性に抱き付かれたことも無い。
「えっと…」
「御久しぶりでございます、才蔵殿」
疾風が話を切りだそうとしたところ、女剣士が居住まいを正し、手をついて深々と頭を下げた。
「榊の子だな」
「はい、小鳥遊榊が娘、小鳥遊楓(タカナシ カエデ)にございます」
疾風は何やら父とこの小鳥遊楓という名前の剣士は知り合いらしいということを把握した。
「榊は元気か?」
「はい、変わりなく」
「君が来た理由はアレか?」
「はい。アレと見聞を広める為、参りました」
顔を上げた楓と才蔵の間でどんどん話が進んでいく。
「話が見えてこないんだけど…まず、小鳥遊さんはどうして此所に来たの?」
疾風がそれを尋ねると楓は、何故か少し顔を赤らめて…
「…約束を果たしに」
とだけ答えた。
疾風は約束と言われ、必死に記憶を漁る。
俺はこの娘と何を約束したというのか?
この娘と会ったのは、さっきが初めて………だと思う。
「…もしかして…忘れたのか?ほ、ほら私だ!楓だ!10年前にも一度会っているだろう!」
虚空を仰ぎ、難しい顔をしていた疾風に対し、楓が怒った様な、悲しむ様な口調で言った。