刃に心《第２話・記憶というものはあやふや》-5
『ほんとか、疾風？』
顔を上げ、目を輝かせる楓。
『私を娶ってくれるのか？』
『ああ、いいよ！』
楓も子供ながらに本気にしないで下さい！後々、本当に大変なことになるから！それで、斬られかけるから俺！
以上、疾風の心の叫びでした。
『分かった！大きくなったら疾風に会いに行く！そしたら…』
『うん』
そう言って手を差し出す疾風。握手のサイン。その手を握り、満面の笑みを見せる楓。
完璧に思い出した、幼き日の約束…
…微笑ましいけど…よくもまあ、無責任な男だな…俺…
内心でそう思っていると記憶の中の自分達は帰っていった。
山道。どう見ても車が通るはず無き獣道。
だが、疾風の脳裏に徐々に蘇る変な物体…
確か、俺はこの後…茶色で毛むくじゃらの…
───ドーン！バキャ！ゴッ…
その時、疾風がぶっ飛んで、近くの木に頭から突っ込んだ。血をダラダラ流し、ガックリとうなだれる疾風…
確かに交通事故だった。間違えなく交通事故だった。ただ、突っ込んできたが軽トラ並みの巨大猪だった…
◆◇◆◇◆◇◆◇
「うわああああああ！」
絶叫と共に飛び上がる疾風。
「な、何…私まだ何にもしてないわよ！？」
霞が何やら慌て出したが、この際無視の方向で。
「思い出した…」
「本当に？やっぱり許婚だった？」
「ああ…」
「事故だった？」
「交通事故だった…ジ○リだった…もの○け姫だった…」
多少フラフラする頭と身体を引きずりながら、玄関へと向かう。
「楓…捜しに行ってくる…」
靴を履き、ドアに手を掛ける。心当たりのある場所は一つ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
夜も更けつつある公園のベンチ。俯いて落ち込む楓がポツンと座っていた。
「はあぁ…」
口から零れる溜め息は重く、吐く度に心に積もる。
「幼かったからか…」
楓は過去を振り返った。そうするとあの日の疾風の台詞が耳に蘇ってくる。
「私は…一日たりとて忘れたことなんか無かったのに…はあぁ…」
ガックリと肩を落とし、再び溜め息。
「初恋…だったのに…」
思い起こされるのは、あの日々。僅かな期間ではあったが、初めて異性を意識した時間。