刃に心《第2話・記憶というものはあやふや》-2
「…10年前……」
またしばらく、記憶を漁ってみたが、何も蘇ってこなかった。
「…本当に…忘れてしまったのか?」
「……ごめん…」
「そんな……」
一瞬、信じられないという表情をする。そして、諦めた様な表情になり…
「いや、幼かったから…無理もない…私も…不確かなところがあるしな…」
軽く自嘲の笑みを見せた。疾風は何がなんだか分からないが、その顔に罪悪感が芽生え、再度記憶の復元を試みたが…
「…ダメだ…」
復元失敗。しかも、考え過ぎた為かこめかみに鈍痛…
「父さんは何か知ってるんだろ?」
最終手段。思い出せないなら知ってる人に聞くしかない。
「俺はこの娘と何を約束したんだ?この娘はどうして俺のところに来たんだ?」
そう問い掛けると才蔵はさらっと答えた。
「この娘はお前の許婚だ」
…………………………………………………………
少しの間、沈黙が降りた。
「…許婚ってあの親同士が決めた結婚相手って意味の許婚?」
「ああ。その許婚だ」
…………………………………………………………いやいや、有り得ないし。今時、流行んないよ許婚の出てくる物語…
疾風は思った。
「小学生2年の夏休みにお前を連れて、山に修行に行ったのは覚えているか?」
疾風の記憶が再生された。その頃の修行と称してやらされたかなり無茶なことの数々が蘇る。
例えば…樹海に置き去りとか…毒を飲まされ、解毒薬を自力で作れとか…熊の巣穴に強制収容とか…
この地獄を忘れるほど疾風はボケていなかった。
「ならば、この娘の家にしばらく世話になったことはどうだ?」
そう言われ、改めて楓の顔を見る。
ボンヤリとだが、浮かんでくる景色と人物…
清閑な自然の中、ポツリと佇む山小屋とその前で笑う小さな女の子…
その女の子が段々と成長していった姿が、目の前で正座していた。
「思い出した…」
「本当か!?」
確かに疾風は楓と会っていた。しかし…
「…でも、許婚のことまでは…」
肝心な部分が何故か思い出せない。
「ふむ、もしかしたらあの事故が原因かもな」
「事故?」
「ああ、交通事故だ。帰る時に事故に遭って頭を強く打ったみたいだったからな」
その衝撃の為に記憶がぶっ飛んでいるということにしておきたい疾風だったが、先程思い出した山はどう見ても車どころかバイクすら通らない感じだった。