たまんねぇんだよ!-1
「おぉ〜い、キャサリ〜ン。開けてくれぇ。僕のかわいいイボンヌちゃ〜ん」
草木も黙る丑の刻に、猫撫で声で叫びながら、天井が落ちてきそうなほど、ドアをガンガン叩いている、迷惑極まりない男がひとり。
「おい!おまえは猿か!文明の力を使え、文明の力を!」
慌ててドアを開け、飛び出した俺は、壁にくっ付いているインターホンを押してみせながら、浩介を睨みつける。
「それに、俺はキャサリンでもイボンヌでもない」
「太一じゃないよ、こいつだよ、なぁ〜ラスカル」
俺の足元で八の字を描いて喉をならしている、トラ猫を抱きかかえて頬擦りする浩介。
「あのなぁ〜…これは、アライグマじゃないし、キャサリンでもない!猫のクラブ」
「クラブなんて名前付けるから、飲み屋のお姉ちゃんの名前しか浮かんでこないんだニャン」
「キャサリンっておまえ…一体、どんなクラブで飲んでんだよ!」
怒り心頭の俺の前を、涼しい顔で通り過ぎた浩介は、冷蔵庫から取り出したビールを開けることなく額に当てて、ベットにドサリと倒れこむ。
きっともう、一滴のアルコールも入らないくらいに浴びてきたに違いない。
今までとは打って変わって、水を打ったような静けさ…。これもまた、迷惑な話だ。
心配になって俺は、目を閉じて、浅く呼吸を繰り返している浩介を覗き込む。
「浩介?どうかしたのか?おまえ、酒なんか飲めないじゃないか…。なんかあったのか?」
「…別に」と言って噛み締めた浩介の唇が、微かに震えている。その、苦しそうな表情に、心臓がズキッと痛む。
「こうすけ!酒で全てが解決するなら、俺なんか、とっくにアル中だよ。金はないし、単位はギリギリだし、論文の締め切り明日だし、迷惑な友人が夜中に玄関先で暴れるし。なぁ、こんな時に頼ってくれなきゃ、なんか寂しいじゃん」
「じゃぁ太一…おまえ、俺のこと好きか?」
「はぁ?」
ベットサイドに座っていた俺は、驚いて、空けかけた缶ビールを床に落す。
「俺のこと、好きか?って聞いてんの!」横目で睨み、そう繰り返す浩介。
「そりゃ、おまえがいないと、俺の学生生活は寂しいものになるだろうから…」
「そんなこたぁ聞いてねぇんだよ!好きか嫌いかで答えろ!」
切れ長の目の奥で、俺の可愛いクラブさえ怖気づいてしまいそうな鋭い瞳が、睨み、威嚇する。
「好きだよ」と小さく答えて、耳まで真っ赤になり、慌ててビールを一口飲む。
「そうかぁ〜よかったぁ。こんな俺でも『好き』って言ってくれる人がいるんだよな。嘘でも嬉しいよ。太一」
「嘘じゃないよ。浩介のことマジで好きだよ…あっ…」」
ヘラヘラと笑う浩介。俺は、『何だよぉ』と溜息交じりに呟いて、酔いどれの戯言に惑わされて、とんでもない事を口走ったと後悔の念に苛まれる。