戦争を知らないあたしと、お爺ちゃんの戦争-5
「悪いな爺さん……じゃぁなかった少尉。ここで降りてくれ」
リーダーさんは道端にバイクを停めると、すまなそうな顔をしながら、そんなことを言いました。
「何をする気じゃ！」
空かさずお爺ちゃんも、リーダーさんに尋ねます。するとリーダーさん。
「どうやら俺も、馬鹿な日本男児だったようだぜ。それに俺はこいつらのヘッドだ、仲間がやられてるってのによ、おめおめ逃げる訳にはいかねえぜ！」
そう言って、迫り来るパトカーの群れを睨みつけます。
どうやら他のメンバーも同じです。
「そうだそうだ！」
「斉藤と高橋の敵を撃ちやしょうぜ！」
「やりましょうヘッド！ 俺も舐められたままじゃ、後には引けねー！」
口々に叫びながら、手を振り上げて決起します。
「そう言う訳だから少尉。すまねえが、どうやら俺達は此処までのようだ。最後まで送ってやれなくて勘弁だぜ」
リーダーはそう言って笑いながら、お爺ちゃんに向って敬礼しました。
そして。
「おれじゃぁ少尉、お別れだ。日本の……後の事はたのみます」
そんな彼に向ってお爺ちゃん。
「何を言っとるんじゃ！ わしのような老体が生き残ってなんになる！ これからの日本を背負っていくのはお前達若いもんの役目だろうが！」
すると暴走族のリーダーさん、黙って首を横に振ると。
「俺達は『特攻隊』ですから」
そう言って、凛々しくも、自慢の特攻服の背中に描かれた『ご意見無用！ 湘南爆走零軍団』なる刺繍（ししゅう）を見せ、キメポーズを取って見せます。
「少尉！ どうかご無事で！」
「上等兵も元気でな！」
「あばよ！ 死んでもバイク載りなんかにゃ、惚れるなよ」
他の暴走族のメンバーも、口々にそんな事を言いながら、私達に向って敬礼をします。
あたしとお爺ちゃんも、黙って彼らに向って敬礼をしました。もうあたしの涙もとまりません。
「バカヤロウー！ メソメソするなーー！！」
リーダーさん、最後にそう言い残し、あたしの頭を優しく撫でてくれました。
「全機反転１８０度！ これより我が爆走零（ゼロ）部隊は敵機動部隊に対して特攻する！ お前ら全員俺に続けー！ アターークッ！」
叫び声と共に、一人、また一人と、パトカー目掛けて突っ込んで行ったのでした。
「見るがいい、橘上等兵。あれこそがまさしく日本男児！ 男の中の男たちぞ！ 忘れない様によーく見ておけ」
そう言うお爺ちゃんの眼にも、涙で一杯でした。
暴走族の人達が警察隊の眼を引き付けてくれたお陰もあってか、わたしとお爺ちゃんは事無に自宅へと戻ることができました。……戻ってはこれたのですがぁ。
「うっ家が無くなってる……」
なにやら自宅前の道路に、数台の消防車が列を成して停まり、十数人の消防士のおじさん達も、忙しく掻け回っています。そしてその先にあるはずのあたしの家は、数本の柱を残して粉々に吹き飛んでいました。
「椿ちゃん！ お爺ちゃん！ よかった無事だったのね！！」
お母さんです。
お母さんは、行方不明に成っていたあたしとお爺ちゃんのことを心配していたのでしょう、慌てて駆け寄り、あたしに抱き付くと、途端に膝（ひざ）を崩して、ブルブルと肩を震わせました。
「しっかりしてお母さん！ いったい何が有ったの！？」
母が言いました。
「瓦斯（ガス）爆発よ、ガス爆発！ お隣さん家でガス爆発が起きたのよ！ それでもって向こう三軒両隣、家も一緒に吹っ飛んじゃったのよ！！」
なるほど、それでこの騒ぎなのか。確かに爆心地とみられるお隣さんを中心に、あたしの家を含めて２〜３軒の家が被害をこうむったらしく、まるで爆弾でもって破壊された後の様ですら、ありました。
お爺ちゃんがボケていなかったら、もし今日、お爺ちゃんがあたしを外へ連れ出さなかったら…… 正直そう考えると、ゾッとします。あたしはお爺ちゃんに命をすくわれました。