キスマークが消えないうちに…-1
―ゴトン、ゴトン…―電車が、レールの上を走る音だけが静かに車内に響く昼下がり。
ボックス席にどっぷりと腰を下ろし、なんとなく車窓に目をやる。進行方向とは逆向きに座った俺を、レモン型の昼月が追いかけていた。
その、今にも消えてなくなりそうな白い月を見ていると、不思議と心が救われる気がした。
やり場のない気持ちに押し潰され、壊れてしまいそうになり学校を飛び出し、たまたま駅に止まっていた電車に飛び乗った。
そんな俺の気持ちと、儚げな昼月が重なって見えて、『俺とあんた。一緒だ』と心のなかで囁く。
車窓に写った俺と白い月―。他には誰もいない…。
筈だった。その声がするまでは。
「代返。頼んでこなかっただろ…」
そこにある筈のない聴き慣れた声。
必死で平静を装ったが、俺の心を掻き乱す張本人、慶太の登場に、やはり動揺は隠せない。視線を車窓にむけたままの俺は、向かいの席で、傾きかけた太陽に目を細めている慶太と、硝子越しに目が合ってしまい、焦り、定まらない視線は、不自然に宙を仰ぐ。
今日、慶太は確かに「普通」だった。
あんなことがあった次の日だというのに「おはよう」と交わされた挨拶と笑顔は、昨日の朝と何一つ変わっていなくて、ホッとした。しかし、その反面、俺を物足りない気持ちにさせたのも事実。
俺も負けじと、「普通」を演じていたが、心中穏やかではない。
だって、慶太の声を聞くだけで、体の芯が熱く火照ってしまう。
そんな、自分の反応が理解できず、悶々としていた。
だって、昨日の今頃は、友達以外の何者でもなかった慶太。なのに、一夜空けた今日。俺は間違いなくその男に恋心を抱いている。
だからさぁ。これ以上おまえの顔を見ていたら暴走しそうだから、逃げてきたってのに…追いかけて来んなよ、まったく…犯されたいのかよおまえは…。
溜息をついて、頭を抱える。