キスマークが消えないうちに…-3
「……ずるいよ。タケル」
そんな回想に思いふけっていた俺は、彼の言う「ずるい」の意味が分からず、眉間に皺を寄せて慶太を見上げた。
「ずるいよ。こんなもの付けやがって」
慶太は、パーカーの襟を掴んで、首筋を俺に見せた。
そこには、俺が付けた吸血跡が、うっすらとくっついている。
「なんだよ、ガキじゃあるまいし。キスマークくらいどうってことないだろ?それとも、ソレを見られちゃまずい女でもいるのか?別れたばっかで、よくやるよ。心配すんな。薄く付けたから。そんなもん、すぐ消えるさ」
皮肉たっぷりにそう言い放つ。怒っただろうか。いっそ「絶交だ」と付け離してくれればいい。この手をどんなに伸ばしても届かない、遠い所に行ってしまえばいい。そのほうがどんなに楽だろう。俺は落胆の中、再び俯き目を閉じる。
「すぐ消えるから、ずるいんだよ。」
「はぁ?何言ってんだよおまえ」
「鏡にコレが写り込む度に、おまえの事思い出して苦しくなるんだよ。昨夜の事が忘れられなくて、思い出しては無性に怖くなるんだ。自分がどこに行こうとしているのか分からない恐怖。だけど、確実に、この跡が薄れていくのに反比例して、タケルへの想いが濃くなっていく。もう、何日かしたら、すっかり消えてなくなってしまう。一瞬でもおまえが、俺のこと恋人だと思っていた証が、全部消えてしまうんだなって…そんなの耐えられないよ、俺」
そう言った慶太の体が、フワリと俺の上に降ってくる。
それをかわす暇もなく、両耳の横に腕を着かれ、いよいよ逃げ場を失う。接近する慶太の顔…一体、どうなってしまうのか?怖くなって、思わず目を閉じてしまう。
すると、いきなり、思い切り首筋の血管を吸う慶太。
俺は「うんっ…っ」と唸って体を強張らせる。
慶太の声を聴いただけで変になってしまいそうなほど「慶太過敏症」の俺の体は、驚くほど、異常な過剰反応を示す。
軽く歯を立てながら、何度も同じ箇所を強く吸われると、痛みは心地よい痺れに変わり、全身を駆け巡り、「気持ちいい」と素直に反応する。
「綺麗…。薔薇の花弁みたいだ。タケルもコレを見る度に俺の事を考えるかな」
首にくっきり浮かび上がった赤い跡を指でなぞりながら、慶太の濡れた唇が、そう囁く。
なぁ、慶太。俺はあの夜、確かにおまえの事を好きだと思ったさ。だけど、今思うと、もっと遥か昔から慶太の事好きだったような気がする。そう、恋に落ちたのはもっと昔。
そうだ、出逢った瞬間だ…。
あれは、中学の入学式の日。
帰宅しようと自転車にまたがった時、初対面の慶太がいきなり後ろに飛び乗ってきて、危うく自転車ごと排水溝に落ちそうになった。
だけど、おまえは、そんなのおかまいなし。
「しゅっぱーつ!」と言って嬉しそうに笑っていた。
「慶太」
顔を上げた慶太の潤んだ瞳と目が会う。ドキッとするほど切ない視線が体中に絡み付き『もう、逃げられない』と俺は思う。そして、何も言わず、慶太を力いっぱい抱き締めた。
ゆっくりと重ねた唇から押し入れた舌先で、あの夜、慶太がそうしたように、彼の歯並びを舌でなぞり、敏感な頬の裏側や舌の裏を刺激する。
「んっ…」熱い吐息を詰まらせて腰から落ちそうになるのを、俺の両耳の傍で震えている腕でやっと支えている慶太。