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キスマークが消えないうちに…
【同性愛♂ 官能小説】

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キスマークが消えないうちに…-2

その事件が起きたのは、先週金曜日。

日付が変わるか変わらないかの夜更けのお話。

俺はベッドに座ったまま、読みかけの雑誌を膝に落とし、コックリコックリと、心地よい眠りに誘われていた。

そんな深夜の静寂を破ったのは、玄関を激しく叩く音。

「おい!タケル!開けろ。いるんだろ?」

最初は驚いて飛び上がったが、押し殺すような声の主が、友人の慶太だとわかり、ホッとする。

しかし、安心したのも束の間。

鍵を開けた途端、雪崩れ込だ彼は、いきなり俺の体を激しく壁に押し付けた。

「ど、どうしたんだよ!」

「いいから、黙ってろ!」

間髪いれず低音で叱咤され、異様な緊張感に思わず素直に従ってしまう。

痛いほど体を壁に押し付けられ、強く抱き締められた俺は、首筋にあたる慶太の弾む呼吸が、やけに熱くて息を飲んだ。

「おい、何があったんだ…ょ…ぁっ…」

言葉の語尾を失い、俺が慶太の肩越しに見たのは…。

髪を振り乱し、裸足で仁王立ちになって、鬼の形相で俺を睨みつける女性。

「タケル!俺の背中に手を回せ。早く!」

慶太に「俺を抱き締めろ」と急かされ、困惑しながらも、恐る恐る慶太の腰に手を回す。

すると、ヤツは、とんでもない事を耳元で囁いた。

「タケル、何も聞かずに、今だけ俺の男になれ」

一瞬、我が耳を疑い、愕然と立ち尽くす。

しかし、そんな中にもぼんやりと、ひとつの答えが浮かび上がる。要するに、『彼を男に寝取られた』と思わせ、女と別れる―。その為に、俺に慶太の恋人役を演じろと言うんだ。

俺は、沸々と込み上げてくる不思議な感情に気付く。

慶太の、個人的情事に利用されているという腑に落ちない感情と、胸の中の慶太の感触は意外と軟らかく、心地よくて悪い気はしないという気持ち。

そして、何より、俺に向けられた嫉妬に歪んだ女の顔に優越感を感じずにはいられなかった。

『上等じゃねぇか、受けて立ってやるよ慶太』挑戦的な感情が、体の奥から湧き出て、もう止まらない。

俺は、まっすぐ慶太を見据える。

そして…。どちらからともなく重なった唇…慶太の舌が、口腔内で俺の弱点を探って怪しく蠢く『ほら、来いよ』と…。

それは明らかに俺を挑発していた。

俺は、自分から挑戦状を叩きつけておきながら、そんな艶かしい慶太のキスに、思わず本気になってしまいそうになり、怖くなって慌てて唇を離してしまう。

熱いキスの途中でお預けをくらい、焦らされた慶太は、口惜しそうに濡れた唇を薄く開いたまま熱い眼差しで俺を見た。

『あっ…その顔は、反則だよ、慶太』そう思うと俺は、体の奥の痺れに耐えられなくて、思わず慶太の柔らかい首筋に舌を這わせる。

スゥッと舐めあげると「うんっ…」と息を飲んで唇を噛む慶太。

その表情と、甘い吐息に俺の体の芯がゾクッと反応する。

そして沸き起こる『コイツの甘い声がもっともっと聞きたい』という気持ち。

俺は、押し寄せる波のおような、止め処ない気持ちに急かされるようにして、慶太の首筋にある太い血管に強く吸い付く。期待通り「あっ…っ」と切ない吐息を吐いて宙を仰ぐ慶太。まるで、バンパイヤーに生き血を吸われる少女のように、薄く開かれた唇から溢れる吐息。

その時、俺は見たんだ。そんな妖艶な姿の慶太に喰らい付いた右耳越しに、怒りに震え、俺を睨みつける女の姿を。

俺は彼女に、不敵に勝利の笑みを浮かべて見せた。

女は、そんな俺を蔑むように醜く睨みつけ、身を翻すと、夜の帳へと消えていった。



 作戦は成功だ。それなのに、離れた二人は気まずそうに俯く。

どこまでが演技でどこまでが本気だったのか…。すべてが演技だったのか、それとも…。

色々な想いに答えが見出せず、完全飽和状態で立ち尽くす俺に、慶太は、鋭い言葉の剣でと留めを刺した。

「タケル…ごめんな」

俺が一番聞きたくなかった言葉を残し、慶太は扉の向こうへ消えてしまった。

俺はひとり、空虚な気持ちで窓の外を見上げる。『謝んなよ。辛くなるだろうが…』

ナサケネェ…。

窓の外、ビルの向こうから、大きくて不気味な赤い月が、苦痛に歪む顔の俺を照らしていた。


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