僕は波だ。-2
ふと先生の声がした。
「よく見てみろ。おまえが望む岸は目の前だ。」
はっとして僕は目前の岸に目をやった。
手の届く所に確かに岸はあった。
何故気付かなかった。
僕はそれを求めていたはずなのに。
泡を立てながら、僕の息が水面に浮かぶ。
そこへ行くのを恐れていたから。
だって僕は波。
波が岸にたどり着いつけば波は消えてしまう。
地面に叩きつけられて消えてしまう。
痛みも伴うだろう。
「先生、怖くてそこには行けません。」
僕は泣き叫んだ。
ブクブクと水泡をたてて僕は深みに沈み始めた。
もはら居心地のいい空間。
干渉も争いもない深海。
静寂の深海。
その静寂を打ち払うように先生は叫ぶ。
「おまえは波じゃない。おまえもこの地球の海の一部なんだよ。
恐がらなくていい。
心の声に耳を傾けて。」
温かく優しい先生の声。
まるで水面を響きながら僕の心に語り掛けるかのように。
「でももう遅いです。先生。」
僕は浮かび上がれるだろうか?
その先へ行く勇気があるだろうか?
今を捨て去る覚悟があるのか?
未練は?
今のままでいい……
だから…
僕は海の深くを目指す。
感触がした。
懐かしく力強い手。
大好きだった。
尊敬していた先生の手。
それは僕をゆっくりと引き上げながら、
「おまえの心に耳を傾けて。」
と再び叫んだ。
僕はゆっくり耳を閉じた。
外界の音を閉じるために。
何も聞こえなくなった。
何も見えない深海。
僕の心はなんて言っていた。
叫び声に耳を傾ける。