あのとき、きみはわらった-1
ぼくにとっては、いつもとなんのかわりもないことだった。
きみにとって、あのときのぼくは、いつもとちがっていたのだろうか。
ぼくにはそれさえ、わからない。
ねえ、きみ。
あのとき、ぼくはなんといえばよかったのか。
あのとき、きみがなにをのぞんでいたのか。
こたえてくれないか。
やさしいことばがよかったのか。
はげましてほしかったのか。
それとも、おこってほしかったのか。
いっしょにかなしんでほしかったのか。
こたえてくれないか。
たくさんのことばをかんがえたすえに、ぼくがえらんだ、あのことばは。
きみのこころを、やりのようにつきさしてしまったのか。
いわのようにおしつぶしてしまったのか。
たかのつめのように、そのやわらかないのちを、きりさいてしまったのか。
おしえてくれないか。
きみのことを、だれよりも、きみよりもわかっているつもりだった。
だから、あのときも。
きみにいちばんひつようだ、とおもったことばをいったはずだった。
どうして。
きみのひとみのおくが、すこしだけゆれたようにみえた。
わらってこたえるきみは、とてもちいさくみえた。
もう、おそいのだ。
あのときは、もう、にどとこない。
いまさらだということは、よくわかっている。
ぼくのひとりよがりだということも。
ただひとこと、きみにきいてほしいんだ。
そばに、おいで。
ちいさないれものにおさまってしまったきみをだいて、ぼくはなみだをひとつぶこぼした。