17才の花嫁(第3章)-1
智花は全速力で駈けつづけた。叔父の淫らな欲望を全否定してやる。そんな決意を漲らせながら走っていると、全身から汗が噴き出してきた。
都電が走っている大通りにでた。ここまで叔父の章朗は追ってこないだろう。智花は走るのを止めて、電柱にもたれかかり呼吸を整える。砂ぼこりが舞い、真夏の太陽がアスファルトを溶かしているような光景。都会の夏って殺風景だ。そんなふうに感じながら、砂ぼこりを避けるために目をパチパチさせていると、ふいにめまいに襲われた。
智花は電柱にすがりつくようにからだをあずけた。
(ぼくらが電車通りを駆け抜けると竜巻が起こるんです…ぼくらが電車通りを…ぼくらが…)
そんな歌詞が頭に浮かんで、そして消えた。
「だいじょうぶか!高山、しっかりしろ!」
どこかで聞いたことのある声が、頭の中で反響してた。背中を支えてくれている手の温もりを感じてた。この声は金八先生では…。ふいに脱力感に襲われた。
どのくらいの時が流れたのだろう。目を覚ますとクルマの中だった。サイドシートにもたれて寝ていたなんて…。横には阿部祐太がいた。
「金八先生!」
「金八って呼ぶなよ。それに俺はもうお前の先生じゃない」
「阿部先生は、私の中ではずっと金八先生ですよーだ」智花は舌をべろーんと出した。
「なんだ、元気じゃないか。貧血だったのか?」夕陽が赤く空を染めていた。ここは井の頭公園の駐車場だろうか。中学時代に通った道がクルマの後ろに伸びていた。中学時代の担任に偶然に会うなんて、神が巡り合わせてくれたのだろうか。
「先生、聞いてほしい話があるんです」
「わかった。それじゃあ近くのファミレスへいこうか」
「はい」
1年と3ヵ月ぶりに会った阿部は、以前と変わっていなかった。親身になって生徒に接する阿部に、中学時代の智花は恋心を抱いていたのだった。ファミレスに入り、阿部と向かい合わせに座る。阿部の顔を見ていると、中学時代の思い出が胸の底から甦ってくる。文化祭で『マッチ売りの少女』という劇に出たこと。演劇部顧問、阿部の厳しくも思いやりのある指導のもと、智花は舞台を経験したのだった。
「叔父さんの家で何かあったんじゃないか」
「えっ」
「いや、俺の思い違いだったか。なんとなく高山が悩んでるように見えたから…」
智花は不思議だった。
(表情とかでわかるのかな?案外、勘の鋭い人なのかも)
「先生は彼女とうまくいってるの?」
「彼女って…」
「同僚の山城貴子先生と付き合っているって、みんながうわさしてたから」
「山城さんとは2月に別れたんだ…」
眉間にしわを寄せた。阿部の苦い思い出に触れてしまったようで、智花はもうしわけない気持ちになった。
「俺のことより、高山、何があったのか話してくれないか」
阿部祐太の目を見つめた。その真摯なまなざしに智花は胸を打たれた。この人ならすべてを話しても大丈夫ではないか。阿部を信じてみたい。そんな気持ちになっていた。智花は堰をきったように吉田家での出来事を話し始めた。深夜、叔父に襲われたこと。叔母の入院のこと。そして今日、叔父に襲われて下着を脱がされたこと。事実を話すことは恥ずかしいと思っていた。だけど阿部を前にすると、恥ずかしさよりも信頼感が優っていたのだろうか?いつのまにか打ち解けていることがとても自然に思えた。
叔父に下着を脱がされたことを話すと、阿部は飲みかけのアイスティを吹き出した。
「じゃあ、今、ノーパンなのか!」
「シィーー。声が大きいよ」
智花は口元で人さし指を立てた。阿部は赤面してうろたえ、手元のおしぼりでアイスティが零れたテーブルを必死で拭いた。
阿部のぎこちない動きを見て、智花は思わず吹き出してしまった。
(やっぱり純粋な人だわ)
「何がおかしいんだ。そんなに笑うなよ」
苦笑いを浮かべる阿部の四角い顔を智花は可愛いと思った。