光の風 〈封縛篇〉後編-9
「怪我をしているものはいるか?」
相変わらず顔は手で被っているものの、いつもの調子の声でサルスは皆に呼びかけた。あまりにも自然で兵士は素直にその言葉に答えを返す。
「自分は怪我はありません。」
「自分もまだ動けます。」
「二人、か。よし。ナル!」
動ける兵士の状態を確認し、ナルを呼んだ時にはサルスはもういつもの状態に戻っていた。いや、いつもより毅然とした態度と行った方がいいのかもしれない。
サルスの態度や自分に向けられる目を見てナルは彼の考えていることが分かった。静かに頷き、近寄ってくるサルスから目を離さなかった。
サルスはナルの目の前まで進み、前髪をかきあげた。普段から下ろしていた前髪、彼が額をだすところを誰も見たことがない。しかしそんな事は誰も気にしたことがなかった。そんな事に気付いたのは彼が前髪をかきあげた瞬間だった。
彼の額には何かの印が刻まれている。それが何か、すぐに分かったのは紅奈くらいだった。
「自分…それ!?」
「ナル…時がきた。封印を解いてくれ。」
サルスの決意に満ちた表情とは反対にナルの思いは複雑だった。周りにいる者はただ黙って見ている事しかできない。
あの額に刻まれた印に一体どんな意味があるのか分からなかった。次から次へと進んでゆく流れに兵士達はもう付いていく事さえできなかった。
「それを解いたら…貴方の行く末に光は無くなるかもしれないのよ?」
「時がきた、ただそれだけの事。頼む。」
時がきた。その言葉はまるでこうなる事態を予測していたかのようだった。
「分かりました…。」
そう言うとナルは中腰をして態勢を低くしているサルスを抱きしめ、光る指先で彼の額に触れた。ゆっくりと額に刻まれた印は消え、まるで変身が解けたかのようにサルスは煙に包まれた。
その煙は惜しむ事無くあっさりと消えてゆく。煙の跡に残されたのは、見覚えのある姿だった。
「…陛下?」
一人の兵士が思わず呟く。なぜなら彼らの目に映っているのは、ついさっき目の前でその胸を剣で貫かれたカルサだったのだから。
でも違う。微妙ではあるが、何かが違う。言葉にできないが確かにそれは感じられた。
深い紺色の髪、そう言えば少し後ろ髪が長いか。まるでそれはサルスのような長さ。